コラム「はいかい漫遊漫歩」 松谷富彦
(68)八月や六日九日十五日
掲題句と〈 八月の… 〉〈 八月は… 〉の三句は、毎年八月になると多くの人々に同じ句が詠まれ続けている。小川軽舟氏(「鷹」俳句会主宰)が関西現代俳句協会の平成二十五年度総会で「俳句発見」と題して行った講演から引く。
〈「八月や六日九日十五日」と言う句…多分俳句の世界で作者の最も多い俳句の一つかもしれません。ある俳句大会でなかなか面白いな、上手いことを言ったなと思って、特選に採ろうとしたら、主催者側のデータベースに全く同じ句が…。私が選をしている「鷹」でも同じ句が出て来て、そうかと思ったらほぼ同じ頃にある新聞俳壇で同じ句が特選に出ていたりして…ああ、この句は作者が多いなと感心したんです。〉
「鴻」俳句会(増成栗人主宰)同人の小林良作氏も平成26年の同句会全国大会に〈 八月の…〉句を投句、同じ轍を。大会事務局から送られてきた毎日新聞(同年8月2日付)掲載エッセイ『永六輔とその新世界』の切抜きに、永さんは〈 八月は六日九日十五日 詠み人不詳 戦争を語り継ごう。〉と書いていた。
その日から小林さんの初出作者を探す俳句探偵の日々が始まった。平成17年8月15日に「宇佐海軍航空隊滑走路跡平和記念碑設置推進委員会」の手で〈 八月や六日九日十五日 諫見勝則 〉の句碑が大分県宇佐市の城井一号掩体壕史跡公園に設置されていることをインターネットで知る。
諫見氏は平成26年に亡くなっていたが、広島県尾道市在住の遺族と会った小林氏は、その折、子息から月刊誌『大塚薬報』(平成4年10月号)俳壇欄で〈 八月や…〉が選者草間時彦氏の巻頭特選となった同誌を披露される。
諫見氏は、長崎県諫早市生まれ。広島県江田島で第75期海軍兵学校生で終戦を迎え、翌年4月、爆心地直近の長崎医科大学(現長崎大医学部)に入学。長崎、尾道の病院を経て尾道市で内科医院を開業。原爆患者の治療にも当った。
(詳しくは、『八月や六日九日十五日』小林良作著 「鴻」発行所出版局刊を)
(69)戦争と畳の上の団扇かな 三橋敏雄
66年の句業を総括した『定本三橋敏雄全句集』(俳句研究会「鬣(たてがみ)の会」刊)が昨夏(2016年)、瀟洒な文庫版で刊行された。
三橋は書籍取次店の東京堂(現トーハン)に入社した15歳から職場の先輩に勧められて句作を始め、「句と評論」「馬酔木」などに投句を開始する。やがて新興無季派、渡辺白泉の「風」、西東三鬼のいた「広場」に誘われ、二人が終生の師に。さらに山口誓子の「天狼」の同人にも招かれた。
日中戦争が始まり、「風」に投句の「戦争」57句を誓子が激賞、一躍新興無季派の戦火想望俳句の期待の星に。3句を引く。〈 射ち来たる弾道見えずとも低し〉〈 砲撃てり見えざるものを木々を撃つ〉〈 そらを撃ち野砲砲身あとずさる〉
横須賀海兵団に応召中の終戦目前の8月2日、八王子市街空襲に遭い留守宅全焼。〈 いつせいに柱の燃ゆる都かな〉の句を詠む。戦後は、運輸省航海訓練所の練習船「黒潮丸」事務長に。海王丸、日本丸、大成丸などの事務長を4半世紀余り続ける。この間、1958年8月1日、日本丸でジョンストン島沖を航行中〈 同島方向に大閃光。まもなく水平線上に紅赤色の大火球が盛り上がり、やがて夕焼のように放射状に広がった。〉と水爆実験遭遇を自筆年譜に。
〈 爆心地いま冬踏む砂利舎利の音〉〈 水爆造る国団欒の燈あかるく〉戦没遺骨の収集、輸送にも従事、〈 草焼けば兵のかたちの遺骨現る〉と詠む。
還暦以降の詠句集「畳の上」「しだらでん」には、右傾する政治の流れへの憂愁句が多くなる。「畳の上」の句集名となった掲題句や〈 戦前の一本道が現るる〉〈 あやまちはくりかへします秋の暮れ〉〈 戦争にたかる無数の蠅しづか〉〈 穿き捨てし軍靴のひびき聴く寒夜〉など。
師、渡辺白泉の〈 戦争が廊下の奥に立つてゐた〉の句心を継いだ三橋は〈 山に金太郎野に金次郎予は昼寝〉の辞世の句を遺す。享年81歳。
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