「俳句文法」入門 (23)
─ 助動詞「ぬ」について─ 大林明彦
完了の助動詞「ぬ」は〈な・に・ぬ・ぬる・ぬれ・ね〉とナ変(死ぬ・往ぬ)型に活用する。完了の訳は「…た。てしまった。てしまう」。「風と共に去りぬ」の「ぬ」は実に決まっている。去れり、去りつ、去りたりと違う深み。文語のもつ格調と簡潔な力。例句。
船虫の音を集めて逃げ去りぬ棚山波朗
水打つて土の匂ひのをさまりぬ田村富子
片降りに追はれて軒に逃げこみぬ赤嶺永太
息止めて月下美人により添ひぬ石田瑞子
本来は自然的完了が「ぬ」である。日暮れぬ、潮満ちぬ、花咲きぬ、等。他に存続(ている、てある、と訳す)の意味がある。道に長じぬる。また確述・強調(確かに…する。きっと…する、と訳す)の意味もある。物知りぬべき人。疾く負けぬべきと案ず。この様に、べし(確信のある推量や予想を表す)に続く時の「ぬ」は確述・強調である。子規の「鶏頭の十四五本もありぬべし」の「ぬ」も亦これだ。他に並列(…たり…たり、と訳す)の意味がある。浮きぬ沈みぬ。泣きぬ笑ひぬ、等。終止形を重ねる形で動作・作用の並列を表す。中世以降の用法である。次は助動詞「つ」。
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