「俳句文法」入門 (31)
─ 「横たふ」について ─ 大林明彦
松尾芭蕉の〈荒海や佐渡に横たふ天の河〉はロマンを秘めた美しい詩と思うが、文法的には破格である。
「横たふ」は本来他動詞で「〜を横たえ(てい)る」と訳すべきで、自動詞「横たわ(ってい)る」とは訳せないはずである。活用はハ行下二段で、横た〈へ・へ・ふ・ふる・ふれ・へよ〉。広辞苑にあるように自動詞の四段活用だとすると、横た〈は・ひ・ふ・ふ・へ・へ〉とならねばならぬ。未然形がどうしても成立しない。横たはず、横たはむ、横たはば、と言うだろうか。古典にも例はないであろう。次版において検討すると、広辞苑編集部のN女史より返答を得た。
〈「横たふ」は文法的に「横たはる」でなければならない。しかし、これはこの頃の一種の破格な用法である。〉とは旺文社の古語辞典(昭和41年3月1日重版)の見解。守随憲治・今泉忠義両博士の監修。私はこの説を支持する。「横たふ」を自動詞的に使い出したのは宗祇。後進の蕪村も使用。慣用化したのは便利で使い心地がよいからか。詩人は時に文法を超越すると仰ったのは我が恩師塩田良平先生。「横たはる」ではリズムがぶち壊しになる。文法に囚われぬ例。
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