自由時間 (62) サウンド・オブ・ミュージック(中欧紀行③) 山﨑赤秋
ウィーンから西へ300キロ、電車で2時間20分のところに、ザルツブルクがある。「塩の城」という意味である。昔、岩塩の集散地であったことからその名がある。ドイツとの国境まではほんの数キロだ。人口は15万人の小都市だが美しい街で、中世からの街並みを残す歴史地区と教会や宮殿などの歴史的建造物がユネスコの世界文化遺産に登録されている。それだけでも十分であるが、その他にも世界中の観光客をひきつけてやまないものが色々ある。
まず何といっても、ここはクラシック音楽ファンの聖地である。モーツァルトの生誕地だからである。彼は1756年1月27日にこの街で生まれた。その生家が今も旧市街に残っている。これも世界遺産だ。黄色い6階建のビルで、1階は食品小売りチェーン店、2階から4階がモーツァルト博物館になっている。観光客が引きも切らない。モーツァルトが生まれたとされる部屋や当時の台所があり、愛用の楽器や直筆の楽譜、手紙、日用品、家具などを見ることができる。
次に、世界最高峰の音楽祭であるザルツブルク音楽祭の開催地として多くのクラシック音楽ファンや演劇ファンをひきつけている。日本では音楽祭と呼んでいるが正確にはフェスティバル(祭典)で、オペラやコンサートだけではなく、多くの演劇も上演される。今年は7月20日から8月30日まで。ウィーン・フィルを始め、名立たる演奏家、演劇人が集結する。いうまでもなく、期間中は、夏休みと重なるので、街は大混雑になる。
この音楽祭の始まりは1920年にさかのぼるが、今日あるのは、指揮者カラヤンのおかげである。彼は1956年に同音楽祭の音楽監督に就任し、その発展に大いに尽力した。現在、音楽祭の主会場となっているザルツブルク祝祭大劇場の建築にも関わっている。狭い旧市街にそんな用地はなかったが、背後の丘の岩盤を50メートルプール約50杯分くりぬいたそうだ。ところで、カラヤンもザルツブルク生まれであるが、その生家が街を貫くザルツァッハ川沿いにある。庭に指揮をしている姿の小さな銅像が立っている。
もう1つ、ザルツブルクを有名にしているものがある。それは映画『サウンド・オブ・ミュージック』である。この映画が公開されたのは1965年。空前の大ヒットとなり、公開後1年以内にそれまで歴代1位だった『風と共に去りぬ(1939)』を抜く興行収入を記録した。監督は、『ウェスト・サイド・ストーリー』で1961年度アカデミー賞監督賞を受賞したロバート・ワイズ。主演はジュリー・アンドリュース(マリア役)。その年のアカデミー賞で10部門にノミネートされ、作品賞、監督賞、編集賞、編曲賞、録音賞の5部門を獲得した。いま観ても楽しめる不朽の名作である。
この映画は、1959年初演の、リチャード・ロジャース(作曲)とオスカー・ハマースタイン二世(作詞・脚本)による同名のブロードウェイ・ミュージカルを映画化したものである。映画が世界的な大ヒットとなったのは、もとのミュージカルのおかげである。この映画ほど〈音楽〉、音を楽しむこと、歌を楽しむことができる映画は他にはない。覚えやすい名曲ばかりで、一度聞くと誰もが口ずさみたくなる。もちろん小生もすべての曲を歌うことができる。
さて、この映画とザルツブルクはどういう関係にあるか。まず、この映画は実話をもとにしているが、その主人公である「トラップ・ファミリー」が住んでいたのはザルツブルクである。その邸宅は今も残っている(現在はホテル)。そして、この映画の屋外シーンは、ザルツブルクおよびその周辺で撮影されたものである。20ヶ所以上になる。あたかも観光映画のごとく、ザルツブルクを取り巻く美しい山や湖、中世の教会や宮殿などを見せてくれる。
ザルツブルクからいくつものツアーが出ているが、中で一番人気のあるのは、映画『サウンド・オブ・ミュージック』のロケ地を巡るツアーである。大型・小型のバスで半日あるいは1日かけて巡るツアーが幾種類もある。
その1つに乗ってみた。大型バスは、世界中から来た観光客で満員だった。20ヶ国近くから来た人々。運転手はオーストリア人、ガイドはポルトガル人の若い女性。他国の人がこのように働くことができるのはEUならではか。
まず行ったのは湖。マリアと子供たちが舟から落ちるシーンを撮影したところ。映画では、フォン・トラップ邸の裏に美しい庭園と湖があることになっているが、邸宅の映るシーンと湖の映るシーンは、それぞれ別の所で撮影し、つなぎ合わせたものだとか。
そのあと、フォン・トラップ邸として使われた建物(旧フロンブルク宮殿、現在はモーツァルテウム音楽院)、マリアがギターと鞄を提げて歌いながら小走りで行く並木道、長女リーズルと恋人が歌い踊るガラスのパビリオン(移築)、オープニングの空撮シーンで出てくる絶景・湖畔の町ザンクト・ギルゲンを見下ろす丘、結婚式のシーンを撮影したモントゼーの美しい教会、マリアのいたノンベルク修道院、そして「ドレミの歌」を歌いながら行進したり走ったりするミラベル庭園などなど。実に懐かしく楽しいツアーだった。
車内ではカラオケDVDが流されみんなが歌う。小生もガイドと2人で「もうすぐ17歳」を歌った。映画では、長女リーズルと恋人が歌い終わってファースト・キスをするが、私たちはハイ・タッチをしただけ。
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