自由時間 (66)ノーベル文学賞スキャンダル               山﨑赤秋

 

 ノーベル賞の授賞式が近づいてきた。毎年、アルフレッド・ノーベルの命日、12月10日にスウェーデンの首都ストックホルムのコンサートホール(「平和賞」はノルウェーの首都オスロの市庁舎)で行われる。授賞式の前後1週間はノーベルウィークと呼ばれ、関連行事が目白押しで、街はお祭り騒ぎになる。
 ノーベル賞を授与するのはノーベル財団であるが、受賞者の選考については、「物理学賞」「化学賞」「経済学賞」の3つはスウェーデン王立科学アカデミーが、「生理学・医学賞」はカロリンスカ研究所が、「平和賞」はノルウェー・ノーベル委員会が、「文学賞」はスウェーデン・アカデミーがそれぞれ行なっている。
 スウェーデン・アカデミーは、スウェーデン語とスウェーデン文学を発展させるために、1786年に国王グスタフ三世が設立した独立の文化機関である。ノーベル賞創設(1895)以後は、ノーベル文学賞受賞者の選考委員会を兼ねている。アカデミーの会員は、大学教授(文学、言語学)や作家、詩人などで、その定数は、創立以来18名で今も変わらない。スウェーデン文学界のエリート集団で、ノーベル文学賞の選考をするがゆえに世界で最も重要な文化機関であると自他ともに認めていた。
 同アカデミーに激震が走ったのは、昨年の11月のことである。
 11月21日、スウェーデンの有力紙(ダーゲンス・ニュヘテル(今日のニュース))が、スウェーデンでは著名な文化人から性的な嫌がらせや暴行を受けたとする女性18人の告発を掲載した。その男性の名前は伏せられていたが、スウェーデン・アカデミーの関係者であると明記されていたし、それら事件のいくつかは同アカデミー所有の建物の中で起こったとも書かれていた。
 その男性の名前はすぐ明らかになった。ジャン=クロード・アルノー(72)。フランス人の写真家で、弱冠39歳でアカデミーの会員となった詩人・作家のカタリーナ・フロステンソン(65)の夫である。写真家といっても個展を開いたことはなく、妻の詩集にその写真を使ってもらった程度。むしろ、妻が会員であることを利用してアカデミーに寄生し、アカデミーが後援する文化サロンの主宰者として有名になっていた。
 彼は、とんでもない無節操な女たらしで、18人の女性が告発したのは1996年以降の事例であるが、80年代からその噂が絶えなかった。パーティーで人目をはばかることなく女性の体を触ったり、密室に誘い込んで性的暴行に及んだりしていた。こんな話もある。ある晩餐会で、彼がスウェーデン王室のヴィクトリア王女の体に触ったというのである。その後、王室からアカデミーに、今後、王女と彼を決して二人きりにしないようにひそかに要請があったという。
 女性たちの告発を受けて、3日後の11月24日に、アカデミーは、彼と絶縁すると発表し、また、女性会員および男性会員の妻子や女性職員にも彼の手が伸びていたことを明らかにした。そして、外部の弁護士に調査を依頼したことも明らかにした。
 今年4月、その調査結果が明らかになった。アルノーの性的いやがらせや暴行は事実であること、被害者の一人からアカデミーに告発状が届いていたがそれを握りつぶしていたこと、彼への補助金の交付は不正の疑いがあるので告発すべきであること、ノーベル文学賞の受賞者7人の名前が発表前に会員である妻から漏洩されていたこと、などが報告された(欧米ではブックメーカーといわれる賭け屋がノーベル賞受賞者の予想を賭けの対象にしており、彼らの友人がそれで儲けた疑いがあるとされた)。
 この報告への対応を巡って、アカデミーは内紛状態になる。不正資金問題で彼を告訴するか、彼の妻をアカデミーから追放するかどうかが争点になったが、いずれも却下され、それを不満とする代表幹事及び会員3名が辞任した。定足数を下回ってしまい、アカデミーは機能不全の状態に陥る。権威は地に落ち、信頼をすっかり失ってしまった。それでもノーベル文学賞の選考をする構えでいたが、ノーベル財団は難色を示し、結局、5月4日、2018年のノーベル文学賞受賞者の発表を来年に延期し、2019年の受賞者と一緒に発表することにするという声明を出すに至った。
 その後、アカデミーは、新会員の選任、規則の改正などの改革を実行しているが、10月現在、ノーベル財団の信頼を完全に回復しているとは言い難く、財団は再延期あるいは選考機関の変更もありうるとしている。
 アルノーについては、18人の女性の告発を受けて検察が捜査に乗り出したが、時効や証拠不十分のためすべてを立件することはできず、2011年の強姦事件だけについて、6月12日に起訴した。10月1日、ストックホルム地方裁判所は懲役2年(求刑3年)、罰金11万5千クローネ(約150万円)の有罪判決を下した(被告は3日後に控訴している)。
 18人の女性の告発は、その前月にニューヨーク・タイムズがハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラを告発したことに端を発して広まった#MeToo 運動に刺激されたものである。#MeToo 運動は、SNS(Facebook , Twitter など)が普及していなければ広まらなかった。SNS にはスマホが不可欠だ。つまり、スマホの普及がノーベル文学賞の発表延期をもたらしたということになるのかな。