自由時間 (76) イギリスの虎杖、アメリカの葛 山﨑赤秋
イギリスはどうなるのだろうか。2016年の国民投票でEU離脱が決まってから混迷が続いており、いまだに出口が見えない。引責辞任したキャメロン首相の後を継いだのは、サッチャーに次ぐ史上二人目の女性首相・メイ首相であった。が、3年間、離脱時期を延期した以外、何もまとめ上げることはできなかった。そして、涙の記者会見を開いて、現ジョンソン首相に後を譲らざるを得なくなった。
そのメイ首相のことを、メディアは「イタドリ首相」と呼んで揶揄した。しぶとく首相の座にしがみついていたからである。
イタドリ(虎杖)は英語でJapanese knotweed という。「日本の節のある雑草」という意味である。日本から持ち込まれたのでその名がある。ヨーロッパに持ち込んだのは、かのシーボルトである。1847年にはオランダ・ユトレヒトの園芸協会により「今年の最も興味深い新しい観賞植物」にイタドリが選ばれている。その数年後、シーボルトは、ロンドンにある世界最大の植物園キューガーデン(ユネスコ世界遺産)にイタドリを含む日本で採集したさまざまな植物を寄贈する。それが事の始まりである。
イタドリは、竹のように、どこででも旺盛に成長したので庭師が好んで植えた。やがて、じわじわと全国に広がっていく。そして野生化した。イギリスの気候風土とよほど相性が良かったのか、ぐんぐん伸びて、どんどん広がった。1日に20センチ伸びることもある。根は3メートルの深みに達し、根絶するのは容易なことではない。
まわりの雑草をどんどん駆逐し、道路や水路や建物の基礎の細い隙間に入り込み、亀裂を生じさせ、果ては構造物を壊してしまう。庭にイタドリが見つかった住宅の資産価値は半減するという。やがて床や壁が損壊する恐れがあるからである。
かくして、イタドリはイギリス全土で嫌われ者となった。イタドリの繁殖を防ぐための法律が次々と制定された。イタドリを植えたり育てたりすることは禁止された。不動産の売却にあたり物件にイタドリが発生していないか報告することが義務付けられた。庭の管理を怠りイタドリを生やしてしまった家主は処罰されることになった。イタドリを捨てるときは焼却しなければならなくなった。
イタドリを根こそぎ撲滅するのは簡単ではない。政府の試算によると、全国規模で撲滅するとなると、15億6千万ポンド(2100億円)もかかるそうだ。もっと安上がりにできないかと、いま試みられているのは、イタドリのみを食べるイタドリマダラキジラミを野に放つことである。日本の九州から導入されたその昆虫が、撲滅に役立てばよいが。
つぎは、アメリカの葛(英語ではkudzu , 発音はカズ)。葛が初めて日本からアメリカの地にわたったのは、1876年のことである。アメリカ合衆国独立100周年を記念して催されたフィラデルフィア万国博覧会に日本の専用パビリオンとして建てられた日本家屋の庭園に植えられたのである。
次いで、1884年にニューオーリンズで開催された国際博覧会の庭園にも使われた。それが、南東部に広がるきっかけとなった。ポーチの日除け、牛の餌、斜面の土砂崩れや砂嵐の防止のため輸入されて植えられるようになった。
特に土砂崩れや砂嵐の防止に役立つとして、政府が積極的に植え付けを奨励した。1946年までに、その面積は120万ヘクタール(秋田県と同じくらい)に達した。それが放置された。もともと繁殖力の旺盛な植物であるが、南東部の気候風土とよほど相性が良かったのか、葛はどんどん蔓を伸ばした。
今では、ジョージア州、アラバマ州、ミシシッピ州を中心に300万ヘクタール(関東地方から東京都を除いたくらい)が葛に覆われていると推定されている。そうした地方の写真を見ると、木々が梢まで葛に覆われ、あたかも緑の巨人が並んでいるように見える。廃屋や放置された車などが、すっかり葛に覆われてしまっている。異様な光景だ。
葛がどういう害をもたらすか。森林では、木々が梢まで覆われて立ち枯れになってしまう。その経済的損失は、年間数億ドル(数100億円)になると推定されている。それが一番大きな損失で、そのほか、電柱に這い上がり電線を切断したり、農地や公園に侵入したり、交通標識や看板を覆ってしまったりする。それぞれ、修復したり、駆除したりするにはそれなりの費用がかかる。
葛は、農務省の分類では、最初は緑化に役立つ被覆植物とされていたのが、やがてそのリストから外され、ただの雑草に分類されるようになり、今では、あわれ「有害雑草」に分類されている。
決定的な駆除法は見つかっていない。刈り取るのが一番有効とされているが、莫大な時間と労力を必要とするのが難点。
日本では攻撃的ではないイタドリと葛が、違う気候風土・環境に置かれると脅威となる怖さ・不思議さ。
虎杖の花月光につめたしや山口青邨
あなたなる夜雨の葛のあなたかな芝不器男
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