韓の俳諧 (74) 文学博士 本郷民男
─ 亞浪の第二回旅行⑧
1935年10月22日の夜を、臼田亞浪一行は、仏国寺ホテルで過ごしました。というのは、新羅美術の最高傑作である石窟庵(ソックラム)が朝日の入る東向きに作られているので、ご来光の時が望ましいのです。石窟庵は、海抜745mの吐含山(トハムサン)の頂上近くに作られているので、早朝に登山をします。ホテルといっても電気がなくて石油ランプです。その代わり、何度か仏法僧の声を聞けました。
ランプの灯夜寒の泊りたぬしまん沙人
犬の聲山の木の葉の夜も降るや亞浪
木の葉木兎かや秋の山明けかかり同
23日の5時に起きて朝飯前に登りました。東京と慶州は経度に10度の違いがあるので、日の出が東京より40分遅いです。生卵をすすって、外に出ました。
黎明の芒ほのかに山の鶏公鳳
月残る霧に釈迦塔多寶塔亞浪
松の秀やあけの明星月と澄む沙人
山道が約3キロあり、亞浪のために山駕籠を呼んでありました。山道や長い橋が駄目という西村公鳳と、力士のような巨漢で登山経験なしの石原沙人が心配されました。亞浪の駕籠を学生達が追い抜いていきます。西村公鳳がすぐに落伍しましたが、沙人は意外と頑張りました。だんだん夜が明けて、霧の底に山の紅葉、遠くには水田が見えます。
雉子は谷へ明けゆく草の露しぼり亞浪
佛の山の明けてゆくなり押す小鳥同
山紅葉黎明の道白きのみ沙人
日の出露けき佛の山の草踏みつ亞浪
苅田の霧の移れば見ゆる水平線禾舶
石窟庵はインドのチャイティア窟のように、円形祠堂と方形前室で構成されています。
石窟寺院は岩山を彫るのですが、石窟庵は石材で壁や天井を作った人工石窟です。インドでは祠堂に仏塔を彫り残します。石窟庵は祠堂に巨大な如来坐像を安置しています。その周りに、十大弟子や菩薩像を浮き彫りにした石のパネルを並べています。
玄奘の『大唐西域記』に釈迦が成道したブッダガヤの釈迦像を、高さ1丈1尺5寸、膝の幅が8尺8寸等と書いています。石窟庵の本尊仏の大きさが、これと一致することを、姜友邦(カンウーバン)氏が発見しました。つまり、石窟庵の本尊は、釈迦如来です。祠堂の天井は、石釘(トルモッ)を土の覆いに差し、ほぼ完全な石のドームになっています。東洋美術の精粋の本尊仏と文殊菩薩や十一面観音が朝日に照らされ、見に来た甲斐があったと亞浪は満足しました。石窟庵前に甘露水が涌いています。
紅葉照る佛顔のにほやかなるに亞浪
甘露水掬む時紅葉影しけり同
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