韓の俳諧 (38)                           文学博士 本郷民男
─ 蕉禅世界 ⑤ ─

 大正4年(1915)の俳句雑誌『蕉禅世界』2月号の続きです。今の俳誌の雑詠にあたる欄を見ましょう。

⦿都鳥の巻
風見坊玉龍宗匠撰
行儀よくあたれば寒き炬燵哉 信濃 琴舎
雪達磨兎ともなる日の加減 延社面 静舟
凩に夢破られて窓の月 鏡城 雪嶺
棚引し雲の尊し初日の出 平壌 柳月女

△佳調之部
春の雪雀の宿を訪ねけり 漁大津 美節
百事成るその始めなり薺粥 鏡城 青令女
奥深き山また山の霞かな 羅南 木水
春の夢さめて朧の名残かな 下社地 在石

▲秀吟七客(染筆短冊一葉宛呈上)
初雷や錆びたままなる避雷針 下社地 桂城
静かさのあまりて眠し春の雨 信濃 雪光
花咲いて浮世の様を知らせ鳧 下社地 在石
冬の夜の川風に啼く千鳥かな 鏡城 雪嶺
山静か太古に似たる日永かな 載徳 暁南

⦿咸吟上座三章

▲人位(染筆上等短冊一葉呈上)
妻恋ふる鹿啼く夕や萩の散る 青令女史
(評)山家秋の寂寥。詩歌管絃みな腸を断つの媒介にはあらざるか。

▲地位(染筆色紙一葉呈上)
出たぞ出たぞでかいのが出た春の月 観風
(評)春山満月。一刻千金もただならざる宵。文人墨客その嚢中を探るに咎なかれ。

▲天位(染筆色紙一葉呈上)
朝凉や知らぬ夜雨を草にみる 吉澤琴舎
(評)健康は富貴成功の基。早起は健康の素。今や世界の大舞台に活躍しつつあり、徒に惰眠を貪るを許さざるなり。

▲加章
鶯や藪から梅へひと飛びに 判者 玉龍
 全般的に京都で上田聴秋が発行した『鴨東新誌』に似ています。「都鳥の巻」という表題も似ています。点数は付いていませんが、良いとする句ほど後になるように、区分と順番を設けています。上位入選者には、色紙や短冊が与えられます。しかし、当時の雑誌や新聞に多かった購読無料という特典まではありません。なにぶんと辺境の俳句雑誌なので、経営に余力がなかったでしょう。
 上位の三句には、簡単な評が書かれています。叙情的或いは教訓的な評です。天の吉澤琴舎は信濃とあり、長野県から投句していました。地は明川(ミョンチョン)の芥川観風です。明川は咸鏡北道の南部で、石炭が採れました。明川南東の海岸が舞水端(ムスダン)で、ムスダンミサイルが発射されました。人の青令女は、『蕉禅世界』の発行所がある咸鏡北道の鏡城(キョンソン)の人です。
 『蕉禅世界』は鏡城南門外の田村小重郎(風見坊玉龍)が編集兼発行者です。1403年に鏡城邑城(ウプソン)が置かれたので、南門の外が住所です。邑城には、北兵営や都護府が置かれました。韓半島の東北の拠点に進出した日本人の俳誌でした。