韓の俳諧 (65) 文学博士 本郷民男
─ 亞浪の第一回旅行④ ─
臼田亞浪は1928年5月6日と7日に、京城で俳句大会に臨みました。6日には来青閣で全鮮俳句大会が開かれました。来青閣とは、「京城日報」の本社社屋です。京城日報は朝鮮総督府の機関紙で、来青閣3階には立派なホールがあって、京城での音楽会というとそこが使われました。京城日報の笠神編輯局長の挨拶から大会が始まりました。
兼題が「若葉」で、席題は「霞」でした。5月6日は立夏で、旧暦では3月17日の春でした。雨にもかかわらず、各地から100人以上が集まり、夕方7時までの長い会でした。席題と兼題の上位が次のような句です。
天 遠霞したたる水の音暮れて巨明
地 山霞赤土にすみれ摘みにけり野火
人 野の霞通りかかりの水ほしき柯子
天 我のみの山彦なるよ山若葉鳴潮
地 照り若葉孵りし雛が鳴きにけり暎波
人 若葉冷ゆ土に捨て蠶が光りゐて時風
興味深いのが互選で、1等佐原翠丘(19点)2等庄司信子(17点)等でした。庄司信子は1903年に長野県で生まれ、京城盟楠会員でした。「潮鳴りの静まりて来し夕霞」等を詠みました。夫の鶴仙が京城盟楠会の創設者でした。臼田亞浪が「君の細君は識つてゐるんだよ」と福永巨明に言ったり、やあ、君の細君はこんなに若いのか」と庄司鶴仙に言ったりで、〈仲々隅にはおけない翁である〉と巨明が書いています。
7日は石楠連合句会とラジオでの講話など、盛りだくさんでした。早めの夕食に幹部が気を利かせて、料亭で妓生(キーセン)の接待が付きました。様々の料理は勿論、春鶯舞・僧舞・剣舞などの舞が披露されました。「あの妓がいいネ」と亞浪が言い出す危ない所まで行きましたが、放送時間が迫っているので放送局へ自動車を飛ばしました。
ラジオでの題は「俳句と民衆生活」でした。亞浪が疲労と乾燥した空気で喉を傷めて聞き取りにくい所があったものの、まずは成功と巨明が書いています。
石楠連合句会は京城盟楠・銀杏盟楠・黎盟楠・子の日句会の連合で、京城倶楽部で開かれました。ラジオ放送を終えた亞浪が駈けつけました。席題が「金魚」と「日傘」で5句の投句となりました。互選と亞浪特選は、次のような句です。
金魚玉朝の光に凭り馴るる柯子
ひからかさ松空に埃り浮かび鳬公鳳
金魚をどるをどる濵風あたるかや純水
嵐雲せはし金魚の一つにて巨明
講評や記念撮影を終えて散会したのは、12時5分でした。亞浪の句を見ましょう。
5月6日 来青閣大会
水のなき川ばかりなる晝霞
5月7日 京城倶楽部大会2句
雨玉がとぶよ金魚の皆泳ぎ
梟の夢鳴き聞くよ暮の春
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