鑑賞「現代の俳句」 (142) 蟇目良雨
綿虫と果たす約束深大寺西嶋あさ子[瀝]
「瀝」2019年冬号
「綿虫」と「深大寺」の言葉からどんな約束を作者が果たしたのだろうか。綿虫はアブラムシの一種で普段は羽を持たずに固まって暮らしているが、冬を感じると羽が生え空中で交尾して産卵し死んでしまう。飛ぶ時のはかなさが俳人に好まれているようだ。〈綿虫やそこは屍の出でゆく門〉は波郷の闘病時代の作品。快癒した晩年には〈いつも来る綿虫のころ深大寺〉と波郷は詠んだ。作者の師系は春燈の安住敦であるが、作品から波郷に教えられたことも多かったのだろう。波郷に会いに綿虫の飛ぶ頃の深大寺に来て約束を果たしたと言っている作者の意図がよく理解できる。
うすごほり瞼のやうに今を閉づ守屋明俊[未来図]
句集『象潟食堂』より
水面に薄氷が張って、それまで見えていた水中が瞼を閉じるように見えなくなったと言っている。これは眼前の景色だが、作者の内面に今を閉じ込めてしまいたい何かが起こっていたとも思える。誰かに仕えると閉じ込めてしまいたい出来事の何と多いことかを私も実感している。
侘助の畳にこぼれ加賀棒茶内海良太[万象]
「万象」2020年2月号
歯切れの良い句である。花瓶に活けてあった侘助が畳に落ちた席の光景だが、茶会のような畏まった席ではなく、加賀の棒茶をいただく普段着の席のようである。それでいて侘助の花がこぼれ落ちて畳に触れる瞬間の音が聞こえてきそうな静寂感があるのは加賀棒茶のお陰か。棒茶は焙じ茶の一種であるが、製法から高級感が漂うのである。
船団のごとくに雲や鳳作忌加藤いろは[晶]
「晶」2020 Vol 31
篠原鳳作は東京帝大法科卒ながら昭和2年の昭和大恐慌のために就職口が見つからず郷里の鹿児島に帰り句作に没頭した。「ホトトギス」、「京鹿子」、「馬酔木」を経て「天の川」に入り無季俳句を推し進めた。〈しんしんと肺碧きまで海の旅〉が代表作。昭和6年より沖縄県立宮古中学校 (旧制)の英語教諭を務める。そのときの教え子との悲恋めいたことにより梅毒で30歳の生涯を閉じた(岸本マチ子 『海の旅─篠原鳳作遠景』 花神社、1985年に詳しい)。9月17日が忌日だから秋の雲が大きな塊となって船団のように浮かんでいる。弱弱しい鳳作を守る護送船団のように見えるのは私だけではあるまい。
神木の瘤は沈思か黙考か能村研三[沖]
「沖」2020年2月号
神木になる木の種類はさまざまで、数からいうと杉、楠、銀杏、欅、檜、椎、松、榊の順らしい。もともと神の依り代として地元で一番目立つ高い木が指定されたのだろう。樹齢二千年、三千年という古い木もある。世界にはもっと長寿の木もあるに違いない。
木は大地に深く張りめぐらせた根から栄養を吸収して大木に成長するが、歩いて移動できない弱点を克服するために神から知恵を授けられたと思う。神木にある瘤は、或る時代の沈思の痕跡か黙考の痕跡かいずれにしても神木の記憶を瘤にみることが出来る。木は生きものであることを忘れてはならない。
おしくらまんぢうあの子この子の靴が飛び戸恒東人[春月]
「春月」2020年2月号
先の大戦後の記憶を持つ年代の人間として懐かしい光景である。遊び道具に乏しい時代の子供達の工夫のたまものだったのだろうか、掲句のおしくらまんじゅう、馬跳び、釘打ち、ゴム跳び、缶詰の空き缶で作ったぽっくり、石ころのおはじきなど子供ながらによく考えついた遊びばかりである。このうち俳句の季語になっているのは冬の「おしくらまんじゅう」で寒さを凌ぐために塀に背中をあてて大勢で押しっこをする。弾き出されてもまた入り込んで押しっこをする。直ぐに体がポカポカ温かくなってくる。お気に入りの女の子がいると益々温かくなってくる。履いていたズック靴があちこちに飛ぶような元気にあふれた子供の声の聞こえそうな光景になった。
一葉忌かりんたうにも消費税中山ひろ[貂]
「貂」2020年2月号
国家は理想郷ではない。国家予算を得るために消費税以外の方法もあるのだが広く網をかぶせるために消費税を選択した。掲句は一葉忌に買い物をしたらかりんとうにも消費税がかかっていることを知らされたという内容。ささやかな楽しみの駄菓子のかりんとうにも税金がかかっていることと樋口一葉の描く庶民の生活に税が重くのしかかってくる印象を与えて面白い。一葉の時代の税金は地租税が主で土地持ちにかかり酒税、煙草税は消費税に相当するが贅沢税の一種だった。また一葉はメモ魔で「かりんたうにも消費税」と怒りを込めて一葉日記に書き込んだことだろう。
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