鑑賞「現代の俳句」 (20) 沖山志朴
漬けて煮て焼いて炒めて秋茄子浅井民子〔帆〕
[俳壇 2022年 10月号より]
インドが原産の茄子、古く奈良時代に日本に入ってきたとのこと。その茄子を食材の観点から見たとき、これ以上の誉め言葉はないであろう。漬ける、煮る、焼く、炒める、これだけではなく、さらに、生で食してもよし、他の食材との相性も抜群という魅力的な食材。その魅力を句として成立させているところが見事。
毎年秋になるとよく句に詠われる茄子である。しかし、その取り上げ方は、色や艶、その形などの外観に関することがほとんど。掲句は、食材としての魅力に焦点を絞っている点で極めてユニークである。普段から料理に心を込め、食材を愛している人でなければ、なかなかここまで茄子の魅力に迫ることはできないであろう。平易でありながら、印象に残る句である。
絶叫の如く熟柿の落ちてをり山口昭男〔秋草〕
[俳句 2022年 10月号より]
表現が大胆で、かつ斬新である。落下の衝撃で、柔らかな中身がつぶれ、四方へ飛散している柿。それを、「絶叫の如く」と独特の比喩を用いて表現した。目の覚めるようなこの措辞が、現在の社会の混迷に何やら訴えかけをしているようでもあり、啓発される。
若き頃に波多野爽波に師事した方。対象を納得ゆくまでしっかりと見つめ、咀嚼し、言葉を選び、自らの表現としているところに学ぶものが多い。
戦争を止める知恵欲し月仰ぐ加藤耕子〔耕〕
[俳句四季 2022年 10月号より]
説明の余地のないほど、明快であり、かつ切実な課題を改めて提示している句である。地球上に醜い争いは絶えないが、とりわけロシアによるウクライナへの不条理な侵攻は、許すことのできない重大な問題。世界中の国々が和平への働きかけをし、努力し、苦悩しているが、事態は一向に解決へ向かう気配がない。
昔から日本人は、満月にはお供え物をし、世の安寧を願ってきた。掲句の月は、人知を超えたものの象徴として用いられている。万策尽きました、どうか神様仏様お助けください、というとろ。
母よりの筆硯馴染む十三夜戎谷利公〔松苗〕
[俳句界 2022年 10月号より]
作者と母親との心豊かな関わりが見えてきて、それが季語のもつしみじみとした情趣と重なり、心の奥底へと響いてくる。
母親が大切に使ってきた筆硯を譲られた作者。静かな十三夜、硯を取り出しては丹念に墨を磨りつつ母を偲ぶ。そのほのかな香りの中で、これまた譲られた筆を持ち、心穏やかに真っ白な紙へと向かう。次第に雑念が取り払われ、心落ち着くひと時を迎える。
花野来て許す心となりにけり德田千鶴子〔馬醉木〕
[馬醉木 2022年 10月号より]
先ほどまで、あの行為は許せない、そう憤っていた。それが、花野に来て、一面に咲き乱れる草花を眺め歩いているうちに、いいではないか、許してやろう、という心境になったという。
中七の「許す心」の措辞が見事である。「許す気持ち」の表現も考えられる。しかし、「許す心」と表現したことにより、感情だけでなく、そこに意思や知識までが包含され、一段と高い精神作用の下での判断を窺わせる表現になった。言葉に揺るぎのない、温かい人柄の滲み出た句である。
とりどりのこゑの沸き立つ薔薇の苑南うみを〔風土〕
[風土 2022年 9月号より]
「とりどり」には、老若男女の感嘆の声だけではなく、何千、何万という薔薇園の花の鮮やかな彩りの意味合いも暗に重ねられている。
「こゑの沸き立つ」の「沸き立つ」には心の底から人々が薔薇の花の美しさに魅了されている雰囲気が窺える。写真におさめる人、片隅で絵に描く人、固まって一輪を讃え合う人々。薔薇園の人々の昂ぶりがリアルに伝わってくる。
童謡の口ついてでる良夜かな 植草泰子〔野火〕
[野火 2022年 9月号より]
童心に帰り童謡を口ずさみながら、中秋の名月の清明な情趣を味わう作者の姿が髣髴としてくる。素朴な中にほのぼのとした詩情の溢れる句。
高級な家に住んだり、豊かな物に囲まれて生活したりすることだけが幸せではない。たとえ、物質的に恵まれなくとも、四季の自然のささやかな移ろいの中に情趣を感じ、自然と一体になれる人こそ、真に精神的に豊かな人であることは、これまで多くの先人たちが示しているところである。
(順不同)
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