鑑賞「現代の俳句」 (43)                倉林美保

村の義理街の薄情雁帰る保坂翔太〔水名〕
[俳壇 2024年8月号より]
 直ぐにイソップ物語の『田舎のねずみと都会のねずみ』が心に浮かんだ。
 田舎のねずみが都会のねずみの誘いを受け都会を訪れた。綺麗な洋服や街並み、おいしそうな食べ物に最初は心惹かれたが、食事をするにも危険が伴う暮らしに、結局は田舎に帰ってきたという物語。
 いったんは都会の華やかさに惹かれ田舎を出て行ったが、義理人情の厚い生まれ故郷に帰ることを決めた人、もしくは作者自身の事ではないだろうかと思った。季語の雁帰るが想像力を沸き立たせる1句となった。

子のサンダル履いて景色の新しき大月弓香〔群青〕
[俳句四季 2024年8月号より]
 子と言っても娘さんでしょうか。新しい生活のために家を出て行かれたのかと想像した。洋服など色々な物が残されている中にサンダルがあった。厚底で色もデザインも自分では買わないタイプのお洒落なサンダル、サイズがぴったりだったので履いてみた。すると背が高くなった分、今まで見ていた景色が大きく違って見えた。新鮮な感覚に心が弾んだのだった。

夕端居昭和の音を聞いてをり栗林明弘〔春野〕
[俳壇 2024年8月号より]
 昭和の音とは何か、と想像した。豆腐屋さんのラッパの音、アイスキャンディ屋さんの鉦の音、冷房もゲームもほとんど無かった時代、子供たちが暗くなるまで外で遊んでいる楽しそうな声などが思い出される。
 作者は縁側で夕端居をしていてうたた寝をしたのだろう。目が覚めたが未だ夢の中の昭和の音が耳に残っていた。時間がゆったりと動いていた昭和の時代を、懐かしく思い出させてくれる。

燕の子巣立ちの順は譲り合ひ橋野一二三〔雲雀〕
[俳句界 2024年8月号より]
 この頃はめっきり燕の巣を見る機会が減った。以前は交番や近所の家の軒先などで巣をよく見かけた。
 泥を運んで巣を作るところから親燕が忙しく雛を育てる様子がつぶさに見られた。子燕は餌を貰う時は我先にと大きな口でアピールする、ところが巣立ちの頃になると、巣を飛び出す勇気が出ないのか、巣から体をはみ出して羽搏くだけで譲り合っているように見える。巣立ちまでを温かく見守っていた作者ならではの1句。

雲母虫良寛さんと遊びゐし屋内修一〔天穹〕
[俳句 2024年8月号より]
 曝書のために蔵書を繙いた。その中の1冊が良寛さんに関する書物であった。開くと雲母虫が走った。
 良寛さんは慈悲深い人柄で、老若男女や貧富の差によって人を差別することなく、小動物や、子供に対しては特に愛情を持って接したと言われている。
 作者も良寛さんならこの雲母虫でさえ喜んで、好きにさせてあげるのではと、そっと本を閉じ元の棚に戻したのだろうと想像した。作者の優しさが伝わってくる作品。

口下手な夫のひと言藍浴衣我満恭星〔星嶺〕
[俳句界 2024年8月号より]
 この頃は浴衣を着る機会がめっきり少なくなった。しかし花火の時期になると若い人やインバウンドの人達の派手な浴衣を多く見かける。サンダルや靴に靴下、帯の結び方など今風と言えばそうかもしれないがちょっと抵抗がある。
 この作者は藍の浴衣に素足に下駄と言う本来の着こなしで夫との待合せに出向いた。普段から愛想は言わない夫が「すごく似合っているね」とひと言。藍浴衣を選んで良かったと思ったことでしょう。

来る波を迎へて子らの素手素足和田順子〔繪硝子〕
[俳句 2024年8月号より]
 波打ち際で子供たちが波と遊んでいる光景が目に見えるよう。
 子供たちは最初は靴を履いたまま来る波に逃げ回っていたが、そのうち靴を脱いで、腕まくりをして波に向かって遊び始めた。
 下5の素手素足と畳みかけた表現で子らの活き活きとした表情や声までも伝わってくる。

退院の湯船に薔薇の花びらを石松昌子〔青嶺〕
[俳句四季 2024年8月号より]
 連作八句の中の1句より、ご主人がしばらく入院されていたことが分かる。
 待望の退院の許可が下りた、さて快気祝いは何にしようかと思った時、入院中はお風呂に入ることもままならなかったので、ご主人の好きな薔薇の花びらで湯船を満たしてあげようと思った。ご主人の喜ぶ顔を想像して、読み手も嬉しくなる。薔薇の花びらは真っ赤が良いと思った。