鑑賞「現代の俳句」 (46) 望月澄子
浦島に似たる鵜匠の捌きやう森岡正作〔沖・出航〕
[俳壇 2024年11月号より]
鵜匠は世襲なので、代々同じ格好なのだろう。頭に麻布を巻き、黒か紺色の木綿の漁服を着て、腰に藁製の蓑をまとい草鞋を履いている。それが漁師だった浦島太郎に似ているという発想が面白く、なるほどと思う。高崎市のかみつけの里博物館に、1500前に古墳から出土し、首に紐を巻いた鵜が魚を咥えている鵜形埴輪がある。鵜が鮎を呑み込む姿が身近に見られたのだろう。その当時から鵜飼をしていたと察せられ、ともかく歴史は長い。同時掲載句の「疲れ鵜の殊に尾羽を逆立たす」は、鵜飼のあとの疲れ鵜の姿を鋭く捉えている。尾羽を逆立てるのは、濡れた羽を速く乾かして体を温めるためだろうか。
流星やわが職歴の切れ目なき町田無鹿〔澤・楽園〕
[俳句界 2024年11月号より]
現代は働き方がかなり自由になり、転職する人も多いようだ。作者も職場を色々変わり紆余曲折を経たとしても、そこに切れ目が無いのだから、見方によってはとんとん拍子だったとも思える。夜空に突然現れた一筋の流れ星を仰ぎ、夢中で駆け抜けてきた年月も一瞬のことだったような思いがよぎったように感じた。
紐つけて瓢簞らしくなりにけり千野千佳〔蒼海〕
[俳壇 2024年11月号より]
瓢簞のくびれたところに紐をつけて、家のどこかに吊るした。するとふくべ棚からぶら下がっているように見えたのだろう。あるいは手間暇かけて、嘗て水や酒をいれた器を作ったのかもしれない。熟れた瓢簞を水に浸して腐らせ、種を出して陰干しすると出来る。これに紐をつければ、いかにも時代劇の野武士が腰に下げているような器になった。いずれにしても遊び心があり楽しい。
輪になつて踊るまはりの輪にをりぬ茅根知子〔絵空〕
[俳壇 2024年11月号より]
盆踊は櫓を中心にして、始めは輪が小さい。大抵は揃いの浴衣を着て、日々練習を積んだ上手な人達である。そのうち音楽や歌に誘われるように人が集まり、輪が二重三重に膨らんでゆく。宵の闇が濃くなるころ、作者は周りの輪にいて踊りを眺めつつ、亡くなった誰彼を思い起こしているような気がした。
虫籠をかたむけ草に放ちけり佐久間慧子〔葡萄棚〕
[俳句 2024年11月号より]
毎晩虫籠の中で良い声で鳴いて楽しませてくれた鈴虫やきりぎりすが、胡瓜などの餌も齧らず鳴き声が弱ってきた。このまま籠の中で死んでしまうのは可哀想なので、草に放った。普通なら虫籠の蓋を開けておくが、傾けたのはそれだけ弱っているのだろう。放たれた虫は、草の露を吸いながら短い命を繋いだだろう。
胡桃蹴り毬栗を蹴り遠野行く小圷健水〔初桜・秀〕
[俳句 2024年11月号より]
柳田国男の著書によって、民話の里として知られた遠野には、姥捨てで知られるデンデラ野がある。老いた人たちが家を離れて、木が枯れてゆくように亡くなるまで生きる。そこへ行くまでの径であろうか。辺りは胡桃や栗の木があり、昔は皆で分け合って食べただろうが、今は拾う人もなく散らばっている。「蹴り」の繰り返しにより、弾む気持ちが汲み取れる。しみじみと遠野の昔に思いを馳せた旅だっただろう。
捨て処なき雪搔きて積むばかり加畑霜子〔雪解〕
[俳句四季 2024年11月号より]
雪国の冬は毎日雪搔きに追われる。一晩で車が埋まる時もあり、玄関から道に出るまでの雪を搔くのも一仕事だろう。これが毎日続き、もう捨てる所がないという。道の脇に積まれた雪は徐々に汚れ、ざらざらに固くなり道幅を狭める。それでも春まで雪を搔き続けるしかない。雪国の日常の苦労が実感をもって伝わる。
一羽また冬青空を翳し来る髙田正子〔青麗〕
[俳句 2024年11月号より]
かなり長い時間、鳥が飛んで来るのをじっと待っていたのだろう。「一羽また」に、おお来た来たという興奮気味の心持ちが表れている。大鷲か尾白鷲か別の大きな鳥だろうか。両翼を広げて飛んで来る時、空がくっきりと翳った。雲一つない冬青空と一羽の鳥だけを描いて、印象が鮮明である。マティスの晩年の切り絵作品である「青い鳥」さながらの光景に感じた。
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