鑑賞「現代の俳句」 (48) 沖山志朴
追ひ回すほどは居なくて初雀星野高士〔玉藻〕
[俳壇 2025年1月号より]
かつては、どこにでもいた雀、作者も子供の頃、庭に群れている雀を追いまわしては、戯れた記憶があるのであろう。しかし、今日、雀の世界にも異変が生じている。巣作りをする瓦屋根の建物の減少などから、特に都会では、その生息数が急激に減少してしまった。 元旦の雀の賑やかな鳴き声や元気よく飛び回る姿は、年の初めのめでたさと重なるということで、昔から日本人に喜ばれてきた。掲句には、その賑やかな鳴き声が聞かれなくなり、正月の風景が変わってしまったことへの寂しさが漂っている。その心中を「追ひ回すほどは居なくて」と婉曲に表現したところに妙味を感じる。
鶏頭の怯まぬ色を束ねけり林淑子〔春月〕
[俳壇 2025年1月号より]
鶏頭は古く万葉集にもその名が出てきており、古の時代に中国から入ってきた植物。高い草丈に、深紅や赤、黄色等の鶏冠のような形の鮮やかな花を咲かせる。
まだ色褪せていない鮮明な色の状態なのであろう。掲句、中七の「怯まぬ色」の措辞がなんとも力強い響きを持つ。しかし、この響きの中に、まだ衰えることのない妖艶な色合いを保っているのに、切り取ってしまってよいものであろうか、という呵責の念が巧みに内包されていると受け止めた。実は微妙な心理を巧妙に詠った句である、とやや穿った鑑賞をしてみた。
砲声の町と関はりなき初日仲寒蟬〔牧・平・群青〕
[俳句 2025年1月号より]
「初夢の初夢」と題する10句から。表面上の意味は、悲惨な戦争で、尊い命が次々と奪われている国があるが、幸い我が国は平和で、ありがたく初日を拝することが出来るよ、というもの。しかし、一連の句の中に、〈いがみ合ひこの宝船大丈夫か〉という句がある。掲句の真意はもっと深いところにあることが窺える。
醜い争いがあちらこちらで次々と勃発し、温暖化は急激に進み、地球は苦しみ喘いでいる。全人類が、知恵を出し合い、協力し合って暮らしていけば、もっと平和で幸せに暮らせるこの地球。人類よ目を覚ませ。争っている場合ではないぞと、警鐘を鳴らしている句であると感じ入った。
日に酔ひてたたむ新聞笹子鳴く岩永佐保〔好日〕
[俳句四季 2025年1月号より]
「日に酔ひて」の措辞の巧みさに惹かれた。解説に「俳句は私にとって言語表現を楽しむものであり、また洗練されてゆくことを願うものでもある」とある。表現を楽しむという心のゆとりがないと、容易にはこのような豊かな表現は生まれてこない。
窓辺で日に当たりながらゆったりとした時を過ごし、身も心もすっかり温まった。新聞を畳んでいるその時、笹鳴きが聞こえてきた。しばしその単調な鳴き声に耳を傾けつつ、なんともいえぬ充実感に浸る作者。
後記から読みだす一書鉦叩三村純也〔山茶花〕
[俳句四季 2025年1月号より]
本を読む際、予備知識を持たずに読むことにより、印象が鮮明になってよい場合と、ある程度の知識を持ってから読む方が、深い読みにつながる場合とがある。掲句、後記を先に読んで予備知識を持とうとしているのであろう。
案外多くの人がこのような読み方をすることがあるのではないかと想像する。しかし、あえてそれを句にする人はいなかったであろう。それをこのように取り合わせて表現すると、斬新な印象を受ける。そして、「こういうことってあるある」と思わず首肯してしまう。
一枚の冬野次々捲る風山田佳乃〔円虹・ホトトギス〕
[俳句 2025年1月号より]
荒涼と広がる冬枯れの野の景色。そこに風が吹き起こるとその景観が一変する。さらに一段と強い風が吹くと草樹がひれ伏し、一面の景観が大きく揺れる。それは、まるでいたずらな風が一枚一枚絵を捲っては、換えていくようで、見飽きることがない、という。
動詞一語と四つの名詞、助詞一つから構成され、省略の効いた句である。また、表現技法としては、擬人法、倒置法、体言止めがさりげなく用いられている。対象を見抜く作者の直感力と想像力に感銘を受けた。
牛舎には新たな命初明り廣瀬正樹〔鳰の子〕
[俳句界 2025年1月号より]
大晦日、産気づいた牛の知らせを聞いて、獣医や男たちが集まる。そして、少し出てきた子牛の足を引っ張っては、難儀をしながら、母牛の胎内から子牛を引き抜く。子牛の体を拭いたり、藁を取り替えたりしているうちに、東の空から差してきた元日の曙光。今年はいい年になるぞと喜び合う。
動詞は省略されて使用されていない。しかし、省略の中に、新しい命の誕生や、新年を迎えた喜びが、十分に伝わってくる句である。
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