鑑賞「現代の俳句」 (6) 沖山志朴
あたたかやふくりと笑まふ赤ん坊江崎紀和子
[櫟 2021年7月号より]
通りすがりに、ふと目にしただけの光景なのかもしれないが、心温まる一齣を写し取った。あたたか、ふくり、笑まふ、赤ん坊、どの語をとっても、それだけで温もりが伝わってくる。それが四語も連なっている句であるから、ほのぼのとした印象が伝わってこないはずはない。
それらの語の中でも、眼目は「ふくり」である。念のためと思って、いくつか手元の辞書で調べたが、どれにもこのオノマトペは載っていない。作者の造語であろう。調べといい、一語の持つ意味合いといい、一度耳にしたら忘れられない温もりが残る。作者のセンスの素晴らしさに敬服するばかりである。
蘆の芽や対岸のこゑにごりなし川上良子
[花野 2021年夏号より]
早春の、まだ凜と張り詰めた透明感の漂う句である。言葉に緩みがなく詩情が残る。
水面に尖り立つ蘆の芽は、作者からは至近距離にある。対句的に距離を置いた対岸の澄んだ声は、若い女性であろうか、はたまた幼い子供のものであろうか。視覚の季語と、離れた澄んだ声との斡旋が絶妙である。春先の命の躍動の予兆が感じられる句となった。
夏来る沖へ白帆の練習船浅井民子
[帆 令和3年7月号より]
俳句は、助詞の一文字で句全体の印象が大きく変わることが少なくない。掲句は、そのたった一字の助詞の働きがいかに大切であるか、ということを教えてくれる句である。
仮に「夏来る沖に白帆の練習船」と「へ」を「に」に変えてみたらどうであろうか。沖に白い帆を張った練習船が見え、夏の到来を実感したよ、となり、立体感のない句で終わってしまう気がする。しかし、これが「へ」に変わると、ヨットに躍動感が生まれる。そして、にわかに句全体に血が通ったように、生き生きした印象が生まれるから不思議である。
舟の水脈みだすものなき花の昼前田攝子
[漣 2021年7月号より]
本格的な春が到来し、桜の花も満開。そんな昼下がりの川端から眺めた景色であろう。のどかで明るい、写実的な春の風景である。
一艘の舟が残した水脈。それが風もなく静かな川面を、そのままの形でうねりながら移動してゆく。華やかに堤に続く桜の花の静と、命あるもののように川面を静かに移動してゆく水脈とが対照的に描かれている。まるで一幅の絵でも眺めているような錯覚にすら陥るのどかな句である。
浮き沈みして遠ざかる捕虫網西山睦
[駒草 2021年7月号より]
景色を想像する手がかりとしては、捕虫網しか取り上げられていない。しかし、「浮き沈みして」の措辞により読者には、広い野原の景色や、遠くの子供の声や動きまでもが伝わってくる。時間としても、経過が生まれ、対象物の捕虫網はその間しだいに遠ざかってゆく。
「浮き沈みして」からは、ややアップダウンのある野原であることや、子供が活発に動いているであろうことが想像される。動画的な動きがあり、かつ開放感の感じられる句である。
採りたての棘の刃や初茄子若井新一
[俳壇 2021年7月号より]
「棘の刃」という表現が実に印象的である。この比喩表現から、採れたばかりの鮮度のよい初茄子の紫紺の色、艶やかさ、香気までもが伝わってくる。
長いこと農に携わり、農作物を知りつくし、一本一本丹精を込めて耕作することを旨としてきた作者だけに、収穫物に対しての慈しみは人一倍なのであろう。「棘の刃」にはそんな作者の思いが強く反映されているように感じられる。
花ふぶき知らぬ同士のわーっと言う池田澄子
[俳句 2021年7月号より]
口語調であること、字余り、語の省略、作者らしさが存分に発揮された一句である。
もう終盤の散り際の桜の花。それが、一陣の風にきらめきながら一斉に宙に漂う。それと同時に、その場に居合わせた見ず知らずの多くの人々から、嘆きとも、感嘆ともとれる声が上がる。視覚と聴覚の取り合わせの句であるが、作者の意識としては聴覚の「わーっと」の声の方に重きが置かれているのではないかと思われる。
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