衣の歳時記 (84)  ─春服 ─                                              我部敬子

 昼と夜の長さが同じになり、最高気温の平均が十五度前後(東京)に落ち着く3月。明るくなった日差しの下、あちらこちらで卒業式の光景が見られる。今正に巣立とうとしている若者を見ていると、思わずエールを送りたくなるのである。

世に出づるべき春服の我が子かな吉波泡生

 春になって着る軽やかな衣服をさす「春服(しゅんぷく)」。明るく華やいだものが好まれる。着ぶくれの冬着を脱ぎ春らしい色合の衣を着ると、心も弾んでくる。副季語は「春の服」「春装」。

シャガールを見に春装の靴青し西村和子

 「春服」の訓読みは辞書には見当たらない。夏は「夏服」「夏衣」「夏着」、冬は「冬服」「冬着」と、日常的に使う訓読みで表されるのに、「春服」だけが改まった語感を持つ。理由は定かでない。おそらく旧暦の時代に「春服」「春着」は共に、正月、または春に着る着物を指していたが、新暦が浸透した頃から、「春着」は正月の季題になり、「春服」は春物の総称として残ったのであろう。
 いずれにせよ春という字や響きには、心を浮き立たせるときめきがある。装いもその気配を纏っている。

春服や妹が門過ぐ朝な夕な永田青嵐
待ち人を得しか春服椅子を立つ山中達三
春服や姪三人居て恋三つ岡本眸

 春装を楽しんでいるのは女性ばかりではない。男性も身形を春向きに整えて、人知れず心を躍らせる。

人皆の春服のわれ見るごとし篠原梵
気に入りの春服を出す心当て能村登四郎
春服や若しと人はいふけれど清水基吉

 春の光にはクリアな明るい色が映えるという。柄も自ずとお洒落で楽しいものが取り入れられる。

春服の映りて山の井が明るし横山白虹
ト音記号踊ってゐるよ春の服小沢比呂子
春服にきはどき色をあしらひし星野立子

 また春服は漠然としたイメージの季題なので、自然の景の中で詠むのが難しいが、「鷗」と取り合わせると春の駘蕩な気分が漂う。

かもめ飛び春服ひくく吊られける田中裕明
春服や武家町ふかく鷗来る大峯あきら

 様々な句の中で、最も身につまされたのが次の句である。

春の服買ふや余命を意識して相馬遷子

 遷子がいくつの時の句か判らないが、ある年齢に達したり大病をすると、余命という物差しが生まれてくる。うきうきとして春の服を買う時も、後何年生きられるかと、ふと考える。春服のめでたさに余命というシリアスな語をぶつけて心憎い。
 この句の結末にも興味がわく。遷子はどんな春物を求めたのであろうか。先が見えているから、いつもどおりの安心できるものか。それとも今しか着られないと、思い切って冒険したのか。省略された部分に想像が膨らむ。読み手に委ねられた俳句の妙味である。