衣の歳時記(90) ─風の盆 ─ 我 部 敬 子
日本列島が次々に台風に見舞われる9月。昔から二百十日、二百二十日を厄日としてこの時候に備えていた。各地に風祭の風習が残っている。
日ぐれ待つ青き山河よ風の盆大野林火
9月の1日から3日間、富山県八尾町で行われる「風の盆」。町中が仕事を休み、雪洞を灯し、夜を徹して「越中おわら節」を歌い踊る。盆踊でも神事でもない特異な情緒あふれる地域芸能である。副季語は「おわら祭」「八尾の廻り盆」。
母がゐて嫁がゐて越中風の盆細見綾子
起源は諸説ある。豊年祈願と風を鎮める祈りが合わさったものといわれているが、元禄時代に加賀藩から下された「町建御墨付」という重要文書が持ち出され、町衆が取り戻した際、三日三晩町を練り歩き歌い興じたのが始まりとするのが有力で、大変興味深い。八尾は和紙、生糸などの物流拠点として繁栄していた。
明治の末までは男女が混じって歌い、まだ定型ができていなかったが、大正2年の博覧会での公演を機に「おわら節」の歌詞、若柳流振付の「豊年踊」が決まった。その際、町方の意見や創意が組み入れられたという。昭和になると男踊、女踊の「新踊」が若柳吉三郎によって振付けられ、その洗練された踊が受け継がれている。
風の盆なりし小指の先までも後藤比奈夫
風の盆に欠かせない楽器が胡弓。大正の中頃に取り入れられ、独特の哀切な調べを醸し出している。これを弾きこなす人が各町内に何人もいて、地方(じかた)の三味線と共に普段から稽古に励んでいるという。
灯の滲むおわら祭や胡弓の音青柳雨滴
衣装もどこか艶っぽい。女性は綾藺笠を目深く被り、町内ごとの揃いの着物に黒繻子の名古屋帯をお太鼓に締める。男性の法被は体の線に拘り羽二重で作る贅沢なもの。生糸が豊富に流通していた八尾ならではの演出といえよう。
風の盆踊衣装の早稲の色皆川盤水
踊衣装で思い出すのが「西馬音内盆踊り」。8月16日から18日まで、秋田県羽後町でやはり町をあげて踊る。何種類かの色鮮やかな裂を接ぎ合わせた端縫い衣装が目を引く。帯は黒か渋めのもので、しごきを蝶結びにして左脇に下げる。黒布で目だけを開けたひこさ頭巾の踊り手は藍染の浴衣。篝火に浮かぶ道を祖霊と共にひたすら踊っていく。
西馬音内踊衣装の紅絹燃ゆる武田花果
風の盆と西馬音内に音曲の違いはあるが、どちらも女性の顔が隠されるため、手足のしなやかな動きが美しく目に映る。地元が大切に育ててきた貴重な踊をこれからも守り抜いてほしいものである。
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