古典に学ぶ㊾ 『枕草子』のおもしろさを読む(3)
  ─ 文学的才幹の躍動、「ころころ並べ、ぽつぽつ書き」諸段考① ─
                                                                                                実川恵子

三百ほどの章段を持つ『枕草子』の中で、最も気が利いて、人をあっと言わせるのが類聚章段である。前置きの準備もなく、説明も議論もなく、人間の常識、情感に訴えて、一語を発し、一字を並べる、やがて読者の心に旺盛な感興を惹き起こすのが、「~は」、「~もの」、「~げなるもの」章段である。問いから答えを、答えから問いを導く形と、「~らしく見える」型の章段である。
 それらは、およそ八〇段に及び、けっして無味乾燥なことばの羅列だけではない。そこには清少納言の文学的才幹の躍動がみられる。
晴れた夜空に煌めく星を美しく思うのは、昔も今も変わらない。

 星は すばる。ひこぼし。みやうじやう。夕づつ。よばひ星。をだになからましかば。まいて。(二三六段 「星は」)
(星は「すばる」がすばらしい。牽牛。明けの明星。宵の明星。「よばひ星」、つまり流星は、尾さえなかったらもっとすばらしいのに。)

 まず、一読して感じる流れるようなリズム感である。しかもそれは多分に意識された言語配列にある。su・hi・mi・yu という母音の中でも鋭い印象を持つu とi を含む直接的なことばで進み、最後はo という、どこか温かみのある音の響きで締め括るのである。
 第二は、そのリズム感の意識化として、その配列から時間的な流れを指摘することができる。
「すばる」は初冬、東の空に見える、六つの小さい星の集団である。現在でも文芸誌や列車名としてもおなじみの星である。次の「ひこぼし」は、七夕伝説の男星であり、ロマンチックな星であり、また一夜限りの星である。「みやうじやう」(「明星」)は明の明星で夜明け方に見え、「夕づつ」は宵の明星である。そして最後に瞬間的な「流れ星」。その時間的な意識配列はまことに見事なのである。
 それにしても、これらの星はなぜ清少納言の「をかし」の目にとまったのであろうか。「すばる」は、早く朱雀朝に源順(みなもとのしたごう)という歌人によって撰ばれた『倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』に、「昴星、宿曜経云、昴星、六星ノ火神也、音与卯同、和名須波流」とある。清女の関心は、その「スバル」という語感のおもしろさが最大の理由であろう。「すばる」の語源は、①玉飾りの「多麻能美麻流(タマノミスマル)」が転じたという説と、②「昴星をすばる星と云は、統星なり。一所に統集まりたる故にかく云ふなり」という両説がある。たしかに六つの星を結んだところは玉飾りに見えるし、六つの星の集まりを「すばる」というのも形姿に由来しているのだろう。とにかく、「すばる」という和語らしからぬ響きは、清女の感覚に訴えたのだろう。また、日本の文学作品に星の名として見えるのは、最初であり、近世文学まで類を見ない。
 次の、「ひこぼし」はあまりにも有名な七夕伝説の主人公である。年に一度逢うというテーマは、「あはれ」でもあり「をかし」でもある。ここでは、単に年に一度しか会えないという否定的な意味ではなく、年に一度は会えるという肯定的なイメージがもたらされ、それが楽しく、「をかし」な興味として把握されているようにも思われる。