日本酒のこと  (29)                     安 原 敬 裕
「酒販店の昨今」

 日本酒文化を酒蔵と二人三脚で支えているのが酒販店です。この酒販店を営むには、消費者への酒税の適切な転嫁等の観点から国税庁の免許が必要となります。そして、その酒販店の免許に際しては、20年少し前までは酒販店が過当競争で共倒れしないように、一店舗あたりの人口規模や隣接店との距離等について厳しい参入規制があったのです。
 しかし、今はその規制が大幅に緩和され、一定の要件さえ満たせば通販も含めて誰でも簡単に免許を取得できます。そのお陰で、我々は新規参入したコンビニや量販店において何時でも何処でも簡単にお酒が購入できるようになりました。その一方で、可哀そうなのが地域独占で安泰に商売をしていた「サザエさん」一家が御贔屓の「三河屋」のような既存の酒屋です。資本等の体力差もありあっという間にその多くが姿を消しました。
 この参入規制の大幅緩和の目的は、良い品をより安く消費者に届けるという競争促進にあります。確かにスーパー等の大型店舗ではビール類や輸入ウイスキー等を中心に値引き合戦が展開されています。しかし、日本酒は値引き対象にはなっていません。その代わりに低価格だが利幅の大きい日本酒(=機械化で大量生産される大手メーカーの酒)の販売に力点が置かれ、利益率の低い地酒販売には消極的であるとの実態にあります。
 その一方で、嬉しいこともあります。大型店舗との差別化を図るため、日々進化する日本酒の知識や全国の隠れた地酒の商品ラインアップを売り物にする小型店舗が台頭していることです。店主が現地の酒蔵に足を運び自信のあるお酒だけを提供するとか、お客の嗜好に合う日本酒を試飲させ納得のいくものだけを勧める店が増えてきています。私は、このようなコダワリの店が増えたことが規制緩和の最大の成果だと思っています。
 さて、日本酒の販売という面からよく指摘されるのが、山形県村山市の「十四代」をはじめ所謂プレミアム酒の値段は何故に高いのかという問題です。その「十四代」で最も安い酒は、酒蔵の蔵出し価格で四合瓶2千円以下ですが、巷ではその何倍もの値段で取引されています。一昔前の新潟市の「越乃寒梅」もそうでしたが、需要が多いために直ぐに売切れます。このため、プレミアム酒を購入した業者が、他の幾つかの業者の手を経て価格を吊り上げた上で、我々消費者の許に届くというシステムがあるようです。
 私はかつて会津若松市の友人から毎月毎に会津坂下町の「飛露喜」を送って貰っていましたが、10年程前から届かなくなりました。理由を訊くと、東京の業者が「抱き合わせ」と呼びますが、他の大量の日本酒とセットで購入することで地元の酒屋を籠絡して買い占めているとのことでした。酒蔵と酒販店が儲けている訳ではなく、その先の流通の実態がブラックボックス化しているのです。何とも釈然としない話です。

独り酒よし肉じやがとさくらんぼ 沢木欣一