日本酒のこと (8)
冷酒 安原敬裕
「冷酒」は言わずと知れた夏の季語です。これを歳時記で調べると「日本酒は燗で飲むのが一般的だが夏は暑いのでそのままで飲む人が多い。冷酒といい、冷やで飲むともいう。」とあり、その後に「井戸や冷蔵庫に入れて冷し酒にする人もある。」と続けています。このように歳時記では、我々が「冷や」と呼んでいる常温の酒も冷酒に含めており、冷蔵庫が普及した今日ではつめたく冷やしたお酒を指すことが一般的になっています。
日本酒は冷酒から燗酒まで幅広い温度帯で飲める世界でも稀なお酒であり、それぞれの温度で味、香り等の変化を楽しむことができます。アミノ酸、コハク酸等を多く含む日本酒は温めると旨味が増しますが、現在の日本酒は雑味のない綺麗な酒が大半であり冷酒が大きな人気を博しています。また、最近は十分に精米した米で醸す端麗な吟醸酒のウエイトが高まってきています。この吟醸酒は、華やかなフルーツ等の香りと同時に、冷やすと爽やかさが強調されるリンゴ酸を多く含む酒です。加えて、冷蔵保管技術の向上により早春に搾った生酒が夏場でも手に入るという便利な世の中になっています。
これらの日本酒は冷やすことによりフレッシュで爽やか、あるいはシャープな香味へと変化するため、暑くて気だるい夏場に飲むには最適なお酒となります。しかし、ただ冷やせばよいという訳ではなく、その温度により「雪冷え(5度)」、「花冷え(10度)」、「涼冷え(すずびえ15度)」に区分けされます。雪冷えとは冷蔵庫から取り出したばかりのギンギンに冷えた状態であり、シャンパンと同様に発泡系の日本酒に最適な温度です。一方、吟醸酒系はフルーツ等の吟醸香が持ち前のお酒であり、雪冷えだとその心地好い香りが立つには温度が低すぎます。リンゴ酸の爽やかさと吟醸香が調和よくバランスするのは花冷え程度の温度だと思います。また、純米酒は米の持つ旨みやふくよかな香味に特徴があり、その良さを楽しむには花冷えより高い温度の涼冷えの方が適しています。
ところで、昨今の居酒屋等では日本酒は冷やせば冷やすほど良いとの誤った認識からか、冷蔵庫からギンギンに冷えた状態で客に提供され、更には酒器に氷を忍ばせるケースも見受けられます。日本酒文化の向上のためにも、冷酒には酒質に適した温度があることを我々消費者も居酒屋等も正確に理解する必要があると思っています。
さて、私の夏の楽しみの一つに福島県南会津町で7月下旬に開催される「雪中貯蔵酒と郷土料理の夕べ」があります。ここで提供されるお酒は、豪雪で知られる南郷地区の「花泉」という酒蔵が早春に瓶詰めした生酒を雪室で貯蔵したものです。ほどよく熟成した滑らかな喉越しと爽やかな酸味は、将に盛夏に打ってつけのお酒と云えます。似た例として石炭の坑道跡や海底で寝かした日本酒を飲んだことがありますが、このような地域性を活かしたお酒がもっともっと出てくることを期待しています。
朝餉より冷し酒飲む妻の留守升本行洋
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