日本酒のこと  (21)                     安 原 敬 裕
 「麴米造り」  

日本酒造りには「一麴(いちこうじ)、二 酛(にもと) 、三造り」と云われる最も重要な作業工程があります。「麴」とは蒸米を糖化する役目を持つ麴米造り、また「酛」とは糖分をアルコール発酵する酵母菌を増殖する酒 母(しゅぼ)造り、そして「造り」とは酒母、麴米、掛け米、水をタンク内に仕込む醪(もろみ)造りのことです。
 今回は日本酒造りの技術的な領域に触れたいと思います。
 さて私が千葉県御宿町の「岩の井」で酒造りの補助作業を体験したときのことですが、朝5時には起床し上下白の制服に長靴、帽子に着替えてお米を蒸す甑(こしき)の前に集合します。1月下旬の酒蔵は甑から上がる真白な湯気が蔵の裡外に濛々と立っています。蒸し上がったお米は、蔵人が甑からスコップで掻き出し、我々補助員の役目はその蒸米を大きな布に包んで麴室(こうじむろ)へと運ぶ作業です。ちなみに、甑では布袋で区分けした何種類かの米が同時に蒸されており、その蒸米は麴米造り用とタンク内の醪に使う掛け米に区分けされます。
 さて、麴室での作業は蒸米に種麴をふりかけ麴米を造ることですが、出来上がるまでには何と二昼夜半もの長時間を要します。麴室の温度は麴菌が繁殖しやすいように30度以上で湿度も50%以上の過酷な作業環境であり、蔵人が上半身裸であるのも頷けます。先ずは蒸米に種麴をまんべんに振り掛け、それを揉みほぐした後に寝かせ、12時間後に水分が抜けて固くなった蒸米を手でほぐす切り返しの作業を行います。麴菌の繁殖が始まると小さな木製の箱に移し替えて麴菌の増殖を待つと同時に、麴菌が蒸米全体に均一に増殖するように数時間おきに攪拌します。良い麴米を造るには、麴菌の菌糸が米の中心部まで入り込み網目状に広がる必要があります。それに最も適しているのが、米の芯白部が大きくて柔らかい酒造好適米であることは先に触れたとおりです。
 文章にするとしごく簡単な作業に思われるかもしれませんが、この二昼夜半にわたる作業は微生物を相手の気を抜けない緊張する作業であり、かつ昼夜を分かたずの体力勝負の仕事となります。我々補助作業員に任されるのは最初の種麴をふりかける作業までであり、あとは高温多湿の麴室での蔵人の作業を見学するだけです。大手の酒蔵ではこれら一連の作業を機械化していますが、大半の蔵では今も全部が手作業です。麴米の良し悪しは日本酒の旨味や麴香と呼ばれるお米のもつ心地良い香りに大きな影響を与えるだけに、機械には任せられないとの職人気質があるようです。
 さて麴菌にも幾つか種類があり日本酒は黄麴菌を、焼酎は白麴菌を、泡盛は黒麴菌を使用します。参考までに、甘酒は炊いた米に黄麴菌で造った麴米と水を混ぜ数時間かけて糖化したものです。当然ですが酵母菌が入っていないのでアルコール発酵はしていません。
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