曾良を尋ねて (139) 乾佐知子
─白髪の老翁と正願寺開基河西浄西─
曾良と思われる白髪の老翁と榛名山中で出会った並河誠所と関祖衡は、共に吉川惟足の門下生の頃より互いに見識を認め合った親友ともいえる間柄であった。特に関祖衡は曾良の地誌学者としての見知からも、その力量を高く評価していた。8年前曾良が巡見使の一員として筑紫へ下る際には祖衡は長い送別の辞と詩を書き送っている。その3人が8年振りに再会したわけだから手を取り合って喜ぶのも当然であろう。
老翁は2人を楼門近くの大きな松の木陰に誘い、袂から白い石のように固い餅を出し松葉を焚いて御馳走してくれた。「これを食べてみるとヤマイモを埋み火で焼いたように柔らかく大層おいしかった」とある。この餅は天狗餅と呼ばれており、修験者たちが山に籠るときの保存食であったらしい。
2人が老翁に、普段はどのような修業をしているのかと聞くと、「無欲で一人寝さ」と言う。それで「お住まいの庵へ連れて行って下さい」、というと「庵は持たない。山奥の岩窟に住んでいるのであなた達はついて来られないでしょう」と言う。そして延喜式や四方の山の名前を教えてくれて、やがて着物を羽衣のようにひるがえして岩場を飛ぶように行ってしまったという。
曾良が嘗て幕府の御用を精一杯勤めあげ、数年を経た今は、当山で悠々自適の生活をしているとするならば、山奥の洞窟に住むこともないのではないか。私は人の来られない岩場なら、小さな庵くらい作って住んだとしても良いのではないか、とずっと素朴な疑問を持っていた。
所が昨年の夏、我が家の菩提寺である正願寺の御施餓鬼が中止となった為、同寺にお布施と「春耕」の俳誌を一緒に御送りした。すると間もなく、正願寺と阿弥陀寺の名誉住職でいられる宮澤説雄禅師より3冊の立派な本が届けられた。
禅師が病を押して自ら筆を執り、まとめられた著書であった。『曾良物語』と阿弥陀寺の復興20周年記念に出された『山寺物語』と更に最近の近況を綴られた俳句とエッセイの『高原の微風』であった。いずれも美しい写真入りの書物で、私にとって宝物のような存在である。
特に『山寺物語』―唐澤山・阿弥陀寺―を読ませて頂いていた時に、はっと気が付いたことがあった。文中より
阿弥陀寺は今から450年前の文禄4年に、本寺正願寺大檀那河西但馬守を先祖に持つ河西浄西によって開基された。
この浄西禅寺が61歳の時、唐澤山の中腹に岩窟を見つけそこに籠り木食修行を始めた、というのである。河西浄西は曾良の実家からも近い諏訪岡村角間川沿いに居住し、子供の頃から当山を知りつくしていた。山寺阿弥陀寺は正願寺から半里程山へ入った所にあり、曾良も若い頃はよく通ったという。
神仏に強い信仰心を持つ曾良であるから、正願寺の開基であり先祖でもある河西浄西の崇高な姿に、己の最後の生き方を学ばんとしていたのではあるまいか
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