「晴耕集」10月号 感想 蟇目良雨
老いらくの恋シャーベット分け合ひて池内けい吾
人は死ぬまで華が必要だ。華がその人を生き生きとさせてくれる。よく役者に使われる言葉だが、役者の場合は体から滲み出る華といえよう。文芸作品の上にも華がある作品だなどと使われる。三島由紀夫の華麗な文体などに使われる。俳句にも久保田万太郎の作品などは淋しいながら華があると言われる。万太郎の場合は小説・脚本を書くために実生活でも女性を愛し続けたことによる。掲句の作者に華があるのはささやかだが老いらくの恋を実践していることによる。
藻の花を分けて着きたるさつぱ舟升本榮子
言葉に無駄のない作品である。藻の花の沢山咲いている水路をさっぱ舟が通って岸に着いた様子を余す所なく伝えている。藻の花は綺麗な水に咲くために清流を思わせる。さっぱ舟は生活用の小さな小舟なので水に恵まれた地方を思い起させる。琵琶湖周辺の水都の光景や、潮来の光景などがたちどころに思い起される。読み手はさっぱ舟が花嫁さんなどを運んでいるのかなど勝手に想像して楽しんでいる。
暗転につぐ暗転の夏芝居柚口満
夏芝居とは歌舞伎興行が夏期の間主役が休みを取ったり、小屋の暑さのために客が集まらなかった対策のために若手役者が勉強の場として活用したことを言う。従って演目も格式張ったものでなく怪談ものが好まれた。暗転につぐ暗転の構成により観客はこれでもかとばかり怖がることになる。この句、単に写生句でなく人生にも起き得ることを暗示していて心に響くのだ。
唐突と言へば唐突梅雨明けぬ朝妻力
梅雨入りと梅雨明けは気象庁が宣言することになっているようだ。しかし今年の梅雨入りも梅雨明けも庶民感覚ではとっくに梅雨入りしている筈なのに何故梅雨入り宣言が出ないのだろうか、梅雨に入ったばかりなのにもう唐突に梅雨明け宣言が出されたことに反応してできた句と思う。学問として管理されている梅雨入り・梅雨明けに対するささやかな疑問か。
氷水舌見せあひて笑ひけり堀井より子
氷水は夏の楽しみだ。店先でガリガリと氷を削り、その上に色付きシロップを掛けただけのものだが暑いときは最高の飲み物である。そして、色付きシロップが舌に付けた色が中々取れない。お互いが舌の色を見せ合って楽しむ光景は昔から変わらない。氷水は平安のころからあるがシロップは甘葛(あまづら)といって色がついていなかった。私たちは良き時代に生れたものだ。
さうめんをすする涼しき風入れて生江通子
マンション生活でも味わえるが、嘗ての木造住宅が思い出される。そうめんを食べて涼を求めるが、涼しい天然の風を取り込みたくなるのが和の食事だと思う。静かな詠いぶりがよい。
身の幅の路地にあふるる蚊遣香児玉真知子
狭い路地に蚊遣香の煙が溢れている光景。路地の両側の家が窓を開けて縁先で蚊遣香を焚いているためなのだろう。家々から生活の音も聞こえて来る。今でもこんな光景は残っているのだろうか。インバウンドの外人ならずとも私たちも訪れてみたい。
盆踊張ればすぐ鳴る大漁旗古市文子
盆踊りに欠かさず張る大漁旗ということは漁業の町の盆踊り風景である。大漁旗が風にすぐはためいている盆踊日和になった。作者のお住まいのいわき地方の海岸線の港町の懐かしい光景である。
闇迫る山を見てをり蚊遣香乾佐知子
居間が裏山に面しているのだろう。圧し掛かる闇を真正面に見ている。家の灯が蚊遣香の煙を照らしている。作者の別荘代わりの房総の家の光景と納得した。勿論旅先の宿の光景としても重量感がある。
稲びかり夫に疲れし顔さらす沢ふみ江
稲びかりは何時あるか予測不能である。夫に内緒で昼間遊んで疲れた顔をつい曝してしまったと私は鑑賞したが、作品の物語性を高く評価したい。
手花火を少し離れて初潮の子杉阪大和
手花火の作品で少女が大人に変化する過程を表現した稀有な作品。私にも一人娘が居たが、この時期は妻が対応していたので私は知らずに過ぎてしまった。作者の子は男の子なのでお孫さんのことだろう。少し離れて見ている少女の切なさが伝わる。
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