「晴耕集」7月号 感想 柚口満
列なして畦を来る児ら葱坊主升本榮子
畦を来る児だから現代の子どもたちというより、昭和の時代に育った子供たちの姿を連想してしまったが如何であろうか。
遅刻をしないようにと速足で進む毬栗頭の列は、傍で育つ葱坊主とまったく同じ雰囲気だ。多少は背丈が違うがひょこひょこ上下する通学する頭がたまらなく可愛かった。
青石に刻める一句花吹雪く朝妻力
前書きに天好園とある一句。作者の力さんの第一句碑の除幕式が今年の4月20日、東吉野村の天好園で行われた。句碑に刻まれた句は「玉蹴る子縄を回す子日脚伸ぶ」である。私は皆川盤水主宰、そして棚山波朗主宰の句碑建立の事務方として任を何回か経験しているが、特に第一句碑の建立は力さんにとって感慨深いものがあったと推察する。俳句に携ってきた来し方、それを蔭で応援してくれた家族のこと、そして結社の会員への感謝、等々。句碑に降りかかる花吹雪は吉野をこよなく愛する力さんへの天からのご褒美だったに違いない。おめでとうございました。
春闌けて青菜を湯搔く男かな中島八起
青菜を湯搔く男とは、作者本人と見立てた方が句に幅が出来ると思うのである。
世の中、子供たちは外に出て所帯を持ち、老夫婦だけの生活を送る方々が増えた。掲句のように会社勤めの最中は家事などに目もくれなかった人が、今は台所に立ち青菜を湯搔きながら奥様への料理に精をだす。春の最中の微笑ましい老夫婦のワンシーンである。
風止んでこゑととのふる初音かな鈴木志美恵
この鑑賞文を書いているときに作者の鈴木志美恵さんから句集が届いた。その偶然さにびっくりしたものである。句集名は「田の風」で本人はあとがきで「振り返れば、四季折々に感じる身近な田の風に、様々な思いを受け流しながら暮らしてきたように思います。その思いから句集名を「田の風」としました」と記されていた。東京の春耕の大会等でいつも顔を合わせる志美恵さん、およそ農作業などと縁がないような楚々とした風情の方だが、どうしてどうして、この句集にはその神髄に迫る句が詰まっている。じっくり読ませていただこう。
さて掲げた一句は鶯の初音の句である。春浅い青森の風が止むときに耳に届いた初音、その声は本格的な春到来の美しい序章を告げるものであり近づく農事への心構えを促すものでもあったに違いない。
うりずんや湾に儒艮の現るる澤聖紫
沖縄の辞書「混効験集」によるとうりずんは旧暦の2、3月の麦の穂の出る頃をさすという。この頃から南風が吹き始め「うりずん南風(ばえ)」や「おれずみ」という傍題もある。
この句はそんな季節に沖縄に現れた儒艮(じゅごん)という動物を詠んでいる。儒艮とはインド洋や南西太平洋沿岸の浅瀬に生息する哺乳類で沖縄の天然記念物、沖縄ならではの雰囲気が溢れた佳句である。
空模様急に崩るる花筏山岸美代子
桜の咲くころの季節感が良く出ている一句といえよう。桜が咲くころに降る雪、満開の頃に強く吹く季節風、とかく変わりやすいのがこの頃の気象状況だ。午前中は好天だったのが午後からは曇りから雨と風が伴ったのかもしれない。花筏が池の面に乱れる光景に花の季節の終わる喪失感が伺える作品だ。
春の蠅駅にひと日を過ごしけり小野寺清人
面白い視点で作られた俳句である。句を読んでみて何か一つの物語が出来るような錯覚に陥った。
以下は私が想像で描いた鑑賞である。郊外の小さな駅の待合室、棲みついた1尾の春の蠅がこの日は寒さを避けて終日ここで留守番を。時間待ちの人々は蠅の存在には気が付かないが蠅の方は常連客にとまって懐いている。俳句における省略は内容をいくらでも膨らませてくれることを実感している。
まだ吹けぬ妹が追ふしやぼん玉田中里香
小さい頃に遊んだシャボン玉遊び、誰もが幾度かは夢中になった記憶があるだろう。最近は液体も吹くストローも改善されてとてつもない大きな玉もできるが昔の石鹼液と麦藁の管で吹いた素朴さが懐かしい。
姉妹ふたりのしゃぼん玉遊び、まだ吹けない妹がそれを懸命に追いかける。楽しさのなかに郷愁感が漂う一句
粗筋の見え来し余生花は葉に濱中和敏
今年の春、ある先輩が今年が最後かもしれないから桜見物に行ってきたよ、と笑いながら話してくれた。この句、粗筋の見え来し余生との言い回しはある意味余裕のある余生ではないのか、と感じた。季語、花は葉にのように行く年は年々早く過ぎて行くがまだまだ楽しいことは一杯待っている。
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