「晴耕集」11月号 感想 柚口 満
病室の窓の広々大花火小野誠一
同時に出されている句に「リハビリの七十日や夏終る」があることから、作者が長い期間を入院やリハビリに費やされていたことがわかった。元気に回復されたことをお祝い申し上げる。
この句はその病院の窓から眺めた花火の一句である。病院の窓は患者のために一枚ガラスを設え気分の向上に気を配る。その窓全体に納まった大輪の花火、退院間近の作者のためのお祝いの祝砲のようだった。
声高の庭師来てゐる今朝の秋佐藤正子
声の高い庭師とは庭の伐採を取り仕切る親方かもしれない。立秋を迎えたお屋敷の庭木の扱いや木々を伐る塩梅などを差配しているのだ。
そして一斉に始まった庭の手入れ、由緒ある松はベテランの領域、落とされた葉のやまを運び出すのは新米の庭師の担当、それぞれが見事に働く。立秋の季語が清々しい。
スマートな男の子となりぬ盆帰省鈴木志美恵
盆の魂祭りに休暇を取って田舎に帰る人は多い。今はそうでもないがひと昔前には臨時電車が出たこともあった。その目的の第一は御先祖様の祖霊に手を合わせることにあるが、久々に親類縁者と顔を合わせる楽しみは何事にも代えがたい喜びがある。
掲句はお孫さんの帰省を詠んだ句か、ちょっと見ない間にすっかりスマートな男の子になって帰ってきた、という。感心したのは「スマート」という表現。あか抜けて、とか都会人らしいといった言葉でなくお祖母ちゃんの優しさ全てを含蓄し気のきいた言い回しだ。
参道は萩の出始め盤水忌小野寺清人
皆川盤水先生の忌日は平成22年8月29日である。あれから16年、この句の作者は先生の菩提寺高幡不動尊の墓にお参りされた。
残暑の厳しい頃であるが、境内の萩の花がほつほつと出はじめていた。あらためて師の説いた俳句に思いを馳せられたのだ。
思えば、棚山波朗前主宰も亡くなり、そして我々若い頃からの仲間であった春耕同人、銀漢主宰の伊藤伊那男さんも今年11月14日に黄泉へと先立たれた。私も心の整理がつかないまま12月を迎えている。
ちまちまとつつく梅がゆ暑気中り田中里香
俳句作りにはいろいろなことに目を配らなくてはならない。五七五の定型をはじめ季語の効用、写生の緻密さ、言い過ぎ、つき過ぎ等々言い出したらきりがない。しかし長年の鍛錬に耐えた人の俳句はどんどん伸びる。この句でいえば上五、中七の「ちまちまとつつく梅がゆ」の表現が光る。これが「少しづつ食べる梅がゆ」では当たり前で句は引き立たない。暑気中りの脱力感、情けなさ、見すぼらしさが表現ひとつでかように変わることを力説したい。
若き妻の絵八月の無言館田野倉和世
無言館の正式な館名は戦没画学生慰霊美術館無言館という。第二次世界大戦中に志半ばで戦場に散った画学生の絵画作品を展示している。句にある画は出征前に妻をめとった若者が描いた新妻の絵である。八月という季語が的確かつ効果的に使われた。あの無謀な敗戦から80年の節目、8月に無言館に足を運んだ作者の衝撃的な感動を垣間見た思いがした。
夕さりの風に色あり酔芙蓉田村富子
一日花である芙蓉には傍題に白芙蓉、紅芙蓉、そして掲句にあるように酔芙蓉などがある。特に酔芙蓉は咲きはじめの朝は白色、そして昼過ぎにはピンク色になり夕方からはさらに赤になることから付けれられた名前である。
夕方になって風が出てくると、酔芙蓉は紅を益々濃くして儚い一日の終焉を飾ろうとする。その様をみて作者はまるで風もがその色に染まるのでは、と感動している。
震災忌すなはち冨田木歩の忌坂下千枝子
大正期の俳人冨田木歩は東京は向島で生まれた。作者の坂下さんはいまその向島にお住まいである。そんな因縁もあり木歩のことには精通されているはずだ。生まれた翌年に高熱から生涯歩行不能になりほかに貧困に加え肺結核を患った彼に神様は尚も非情であった。関東大震災の火事で命まで失ったのだ。9月1日が来るたびに26歳で逝った薄幸の俳人を偲ぶ作者。
天瓜粉はたく赤子の裏表佐藤利明
天瓜粉とはこれまた懐かしい言葉に出くわした。黄烏瓜の根から採った澱粉で湿疹や汗疹(あせも)の予防に用いる。今風にいうベビーパウダーである。湯上りの赤ん坊にはたくのであるが「裏表」の描写が微笑ましい。ころころはしゃぐ子に粉を振りかける両親の愛情が眩しい。
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