「晴耕集・雨読集」1月号 感想 柚口満
ごみ袋枯葉の息に曇りけり 石鍋みさ代
吟行で俳句を作るのもいいが、そう毎週のように外に出向くわけにもいかない。そういう意味では、俳人たるもの自分の極く身近なものから何かを見つけて俳句にする習慣を身につける必要がある。
掲出句は自分の庭のごみ袋に入っている枯葉に眼を留めた一句である。透明なごみ袋は枯葉が吐く息で曇っていた。春の芽吹きから秋の紅葉を終えた葉はいまは枯葉になってしまったが、まだ息を吐いていたという事実、俳句はやはり観察眼だとつくづく思う。
一家みなひとり部屋持つ夜長の灯 畑中とほる
最近の住まいに対する家庭事情は昭和の世を経て随分と変わってきたようだ。戦前戦後の大家族制度から最近の核家族を中心としたものになり、その結果、家族一人一人が自分の部屋を持つに至った。
この句はその辺の秋の夜長を詠んでいる。例えてみると父は父の、母は母の趣味を、子供も姉は読書を、弟はプラモデルの製作と、それぞれが自室で自由に過ごしている。お互いの部屋の灯を少し気にしながら安穏な秋の夜が過ぎて行く。
行く秋や四季ある国に駱駝老ゆ 鈴木大林子
発想の飛躍の転換が面白い一句。この作者は動物園に飼育されている駱駝をみてこの句を得られたのか。
いや、鳥取砂丘の駱駝かもしれない。そんなことはどちらでもいいことで、四季のある日本で過ごす駱駝に同情の眼差しを投げかけている。
北アフリカや中央アジアが故郷の駱駝が四季のある日本へきて幸せなのか?。季節は秋が過ぎ冬がもうすぐ、砂漠の国へ帰りたいだろう。そんな駱駝はもう老境に入っているらしい。
冷まじや余呉に残れる夜泣き石 渡辺政子
晩秋の季語に「冷まじ」がある。この季語は荒(すさ)ぶ、すさむからの形容詞で、ものみな勢いを失い荒れ衰える尽きることで、時候の季語としては人間の心情といったものが微妙に包含されている。
琵琶湖の北に位置する余呉湖周辺には天女の羽衣伝説や掲句にある夜泣き石など興味をそそる伝説が点在する。なかでも菅原道真に関するものが多く、天女の残した幼子が道真で、その子が夜通し泣いていたのがこの句にある夜泣き石とか。いずれも伝云々という伝説であるが、作者はまさしく「冷まじさ」を晩秋の余呉で経験した。
鳥渡るどれも後尾に乱れあり 平岩静
この句には渡り鳥を毎日眺めている作者の観察眼が伺える。お住まいの佐渡は渡りのコースにもなっていると思うが、来る鳥、あるいはもっと南下する鳥の列には必ず遅れる小さな集団があると詠む。その遅れが何かしら気掛かりでならない。体長の悪い仲間がいるのか、あるいはどこか傷を負っているのか。無事に目的地に着くことを祈る心根が出ている一句。
淋しさを形にすれば鰯雲 広瀬元
秋の雲のなかで代表的な名で呼ばれるのは鰯雲でああろう。別名鯖の斑紋に見えるから鯖雲、鱗のように見えるので鱗雲とも称される。高い空の全天に広がるこの雲を見て人はそれぞれの感慨を抱くわけだが、この句の作者は淋しいものだと述懐する。
石原八束の「鰯雲しづかにほろぶ刻の影」や加藤楸邨の「鰯雲人に告ぐべきことならず」などはその辺を偲ばせる。作者は沖縄在住だが私はまだ沖縄の鰯雲を見たことがない。一度は見てみたい。
秋の蝶草低ければ低く飛ぶ 木崎七代
夏の蝶と違い、秋の蝶は違った意味で我々の詩心を揺さぶってくれる。夏のそれとは異なり小振りで地味ではあるが、その健気な飛翔が心を捉えるのである。秋が深まるにつれて飛ぶ力が衰え、秋草の丈が低くなればもうそれ以上の高さへの挑戦はない。秋蝶への憐憫の情。
人形の移り香纏ふ菊師かな 田野倉和世
秋の風物詩の一つ、菊人形展。最近の菊人形は大河ドラマの主人公などが注目を集めるようだが、歴史上の人物なども人気があるようだ。掲出句は、その人形ではなく影の主役菊師に注目した。展覧会の期間中その菊人形を世話することは大変な仕事。出合った菊師の全身に菊の移り香が沁み込んでいた。菊師の苦労。
花柊音無き雨にこぼれけり 塚本照子
柊の葉は棘がありよく知られているが、その花となると地上に降っていることで気が付くほどで、至って目立たない。その花が音もなく降る小糠雨のなか静かに零れ継ぎ地上をうっすらと染めている。花の香りもあるかないかの慎ましいものである。初冬の無音の穏やかな世界が柊の花を介して描かれている。
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