「晴耕集・雨読集」2月号 感想 柚口満
庭木また齢重ねし冬構石鍋みさ代
自宅の庭の木々を眺めて得た一句である。これらの樹木はこの句の作者の人生とともに年月を重ねてきた。
結婚を機に新築の家を建て庭には記念の木が植えられた。子供が生まれたことも、その子供が学校に入学、卒業したことも、夫の退職もすべて見守ってきた庭木であった。それだけに愛着のあるこの老木を労わらなければならない。幹に藁や菰を巻いて懇ろに手当てをしたのだ。年輪を重ねた同士の静かな会話が伺える一句である。
返り咲く花に盛りはなかりけり鈴木大林子
返り花、帰り花は別名を忘れ花とか狂い花などともいわれる。とくに狂い花などは微妙な意味合いがあり季語の使い方には注意をしたい。いずれにしても季節外れに咲く花をいうのであるからその辺を是非押さえたいものである。
掲出句はこの花の盛りを前提にして作ってそのいて寂しき風情をズバッとついている。
葦枯れて風音嗄るる湖国かな杉阪大和
湖国とは近江、滋賀県のことである。琵琶湖湖畔の葦原はいまでこそ少なくなってきたが昔から群生する景観は歌や俳句に詠まれてきた。ちなみに私の出身地の湖東では葦(あし)のことを葭(よし)と呼ぶ。悪しが忌み言葉だからである。
さてこの句は一面の葦原が枯れ尽くし湖国の風に寂しく靡く様子を詠ったもの。花穂はほおけ葉も朽ちて林立する茎が風に吹かれて嗄れ声を出すさまが印象的だ。古くは「葦原の国」とよばれた古歌をもふまえ、格調高いたて句に仕上がった。
魚屋の来て豆腐屋の来る小春武井まゆみ道聞いて道連れとなる小春かな小林博
小春という冬の季語、小さな春と書く。「小」の漢字の意味に心したい。小は束の間の春のようだ、ということ、そしてそれだけに大切にしたいという心情も含まれる。松本たかしの「玉の如き小春日和を授かりし」はまさしくその意を汲んでいる。
まゆみさんの句は町中を巡る来る二人の商人を配して小春の長閑さを提示した。午後になり魚屋が来て夕方近くに豆腐屋がきた。これで夕ご飯の支度が整ったようなものだ。いい小春日が静かに暮れてゆく。
博さんの句は見知らぬ人間同士のなかに連帯感を見つけ、その心の交わりに小春日和の穏やかさを詠んだ。「旅は道連れ世は情」という慣用語がある 。
目貼りしてふさぎきれざる里の家青柳園子
都会暮らしに慣れてくると目貼り、と言う季語は何か郷愁を覚えるものになってきた。田舎育ちの子供の頃、母の実家へゆくとこういう光景に出くわしたものだ。木と紙がほとんどの日本の家屋、スペースの広いのはいいがさまざまなところから入ってくる隙間風には手をやいた。
この句も実家の目貼りを詠んでいる。回想句かもしれない。しかし、冬を除けば快適だったことも確かである。密閉性が確立した現在の都会の住居は息苦しい。
大根煮て昭和平成生きて来し小林美智惠
4月の1日には内閣官房長官から新しい元号が発表され5月からは新元号の施行の運びになる。
最近の俳句を読むとこの句のように過ぎて行く平成の時代を振り返るものが散見される。この句は大根を煮るというごく日常の行為をとりあげ昭和と平成を生きてきた感慨を吐露している。肩肘を張らない「大根煮て」が効いている。
綿虫の消えて早まる日暮かな中浜由志美
綿虫の漂う気象条件があるように思うのだがどうであろうか。どちらかというと快晴の青空のもとではなく初冬の曇天の午後や風のない夕方ごろに湧き出ることが多いように思われる。
作者が追っていた綿虫も夕方が迫ると忽然と消えてしまい俄かに日が暮れたと述べている。この虫、何か人を魅了するものを持っている。川崎展宏に「綿虫にあるかもしれぬ心かな」という句があるが。よく理解できる一句である。
我が庭を狸おとなふ里日和野尻瑞枝
日本では狸は古くから親しまれてきた動物でこの句にあるように人家近くの里山にもたびたび現れるという。冬日和のひと日、庭を訪れる狸は人気者になっているのだろう。物語や歌にも歌われている狸、本当は愛嬌のある動物に思えてきた。
松手入父の代よりの庭師来て福田初枝
庭木の中でも松の手入れは難しく本職の植木屋がその仕事にあたる。自宅の庭には父上が丹精こめて育てられた松があり今でも父の代からの庭師がやってくる。手入れの終わった松を眺めながら、ひとしきり松を愛した故人の遺徳を偲んだのであろう。
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