「晴耕集・雨読集」4月号 感想      柚口満

三寒は父に四温は母に似て伊藤伊那男

 俳句を作るにあたり人それぞれに好きな季語がいくつかあるものだが、三寒四温というのもわたしが好むもののひとつである。冬が終わりに近づく頃、寒さが3日ほど続いたあと4日間ほど温かい日が続くと俄然春への期待感が膨らむ。その前向きになれる感じが好きな一因である。
 掲句はそんな本意を勿論含みながら、一歩踏み込んで両親への愛を季語に託している。厳しい父の教えばかりでなくそれより穏やかで優しい母の愛があってこそ今の自分がある、と述懐する。納得させられる一句である。

年の豆およそ七十七粒喰ふ蟇目良雨

 昨年の初秋、蟇目さんのほか私を含めた句友4人が隅田川の屋形船で喜寿のお祝いをしてもらった。還暦、古希と違い80歳を前にした喜寿という区切りの年は何かと感じ入ることが多かった。
 さてこの句は節分を迎えた一句。俳句には年の数だけ豆を食べるという表現は数多あるが、中七の「およそ」が入ることで見事に類想の罠から逃れている。およそ、であるから正確に年の数だけ食べていない。辿り来た喜寿という人生の重さを痛感すれば途中からは「およそ」にならざるを得なかったということか。

ちりちりと金縷梅の黄のほぐれきし岩田諒

 金縷梅は満作とも書く。各地の山に自生するが庭園にも植えられる。早春に先ず咲く、からとか枝枝に咲き満つことから「まんさく」との説がある。
   仙台在住の岩田さんにとっても春に先ず咲く花には大きな関心があるに違いない。
 昔、句を始めた頃に先輩に教えられたことがある。春咲く花はまず黄の色からというものだった。黄梅、山茱萸の花、金縷梅、連翹、土佐水木といった塩梅だ。葉にさきがけてあの線状のねじれた花が枝一杯にほぐれ咲く光景はまさに春到来を告げるもの、心が躍る。

ひと間づつはたきを掛けて春を待つ鈴木志美恵

 鈴木志美恵さんは青森の五戸町にお住まいだ。この句も作者の土地柄を思えばぐっと趣が増してくる。春を待つ思いはささやかな日常生活の一こまからも感じられるがその好例がこの一句である。
 待春の思いは人それぞれである。作者は冬の終わりに家族の居間ひと間ずつにはたきを掛けて目の前に近づいた春の到来を実感している。上五から中七にかけての具体的な行為にその感が強い。

炎上の城跡濡らす甘蔗時雨広瀬元

 沖縄県人の象徴であった首里城は昨年の10月31日の未明に正殿から出火、北殿,南殿などを延焼して鎮火した。約8時間に及ぶ大火災であった。先の沖縄戦の戦火で失われた首里城は1992年に復興され世界遺産にも指定されていただけに当地沖縄をはじめ日本中に大きな喪失感を与えた。
 首里城跡を訪れた作者も改めてその焼け跡にショックを受けられたのであろう。折から穫り入れの終わった甘蔗畑に降る時雨がその感を大きく増幅させたに違いない。

合流の高き瀬音や春隣牛窪肖

 川の合流点で詠まれた一句。それぞれの川にはそれぞれの源流があり、山からの水を集めながら段々大きな川を形成してゆく。
 春が近い川は水嵩をまし、その川が合流するとなるとその瀬音も必然的に高くなる。その音を聞きながら作者は確かな春の足音を聞いたのであろう。

あたふたと前掛はづし初鏡島村真子髪高く結うてもみたり初鏡正田きみ子

 今月号の作品は新年の季語を駆使した作品がかなり散見された。ここにあげた二句は「初鏡」を季語とした句で、その本意は新年を迎えて初めて化粧をすることあるいはその鏡をいう。
 島村さんの句は新年を迎えたおめでたい雰囲気を詠むというよりごく現実的な現象を句にしているところが特徴といえようか。家族が揃う元旦の食事に臨む前の感じがよくでている。お節料理の用意で多忙を極めたが一段落、みなの待つ座へ行く前に前掛けをはづして乱れた髪を直している図である。
 一方、正田さんの作品は初詣にでも出かける前の身支度で鏡に正対している図、こちらは晴着をきてその上髪型まで少し変えてみようと、女の人独特の洒落っ気が出ている光景だ。「初鏡」の二句、視点の違いを楽しみたい。

児の丈にしやがみマフラー巻いてやる宮田充子

 「児」の字を選択されたのでこの児はまだ手のかかる年齢であることがわかる。
 この句の眼目は児の背丈に合わせてしゃがみ込んだ、という描写である。この行為により幼な子への目線が同じとなりマフラー以上の温かい心の交流が行き交うこととなったのだ。