「雨読集」3月号 感想 児玉真知子
地震の事言葉探して初便阿部美和子
元旦の能登半島地震から3か月が過ぎても復興が遅々と進まない。家族との別れ、避難先での生活の不安や戸惑いなど被災者の事情は様々である。親しい友人への初便りでしょうか。先が見通せず希望を持ちづらい中で、どうしたら勇気づけてあげられるのか、思いに寄り添った言葉を丁寧に綴っている気持ちが伝わってくる。力強い励ましになったと思う。
波を切り幾何模様成す鴨の水脈黒田幸子
鴨の大部分は初冬に飛来し越冬、春先にまた北へ帰って行く最も馴染み深い水鳥である。この句の核となる中七「幾何模様す」の表現が絶妙である。大きく羽ばたいて着水した鴨は、仲間から追い立てられるように波を切ってすばやく遠ざかる。その一瞬を捉えた独自の写生眼が効いている。
社会鍋宝くじ添へ献金す小林黎子
社会鍋は、米国で失業者の救済を目的に生まれた歳末に行われる助け合い運動のひとつである。日本では「慈善鍋」「社会鍋」とも呼ばれ、三脚に設えた鍋の中に献金する。街頭募金の元祖であり、多くの人々の善意を引き出す尊い奉仕活動だと言われている。近年、都内で歳末に見かけたりもする。作者の「宝くじ」を添えての献金は、遊び心溢れる夢のある句に仕上がっている。
仕立屋の小さき看板寒燈下斉藤やす子
路地裏の懐かしい昔の景を思い起させてくれた。よく通い慣れた道に、掃除の行き届いた仕立屋があって、オーダーメイドの生地が飾られてあった。店主が一人で切り盛りしていたが、土地開発と時代の流れで、私の思い出の店はやむなく閉店してしまった。掲句の仕立屋は、冬の寒々とした夜にも、人を待つかのように看板を照らして、温もりが感じられる印象的な句である。
綿虫の残照の中漂へり澤井京
綿虫は、晩秋から初冬の頃、とくに風のない穏やかな日和の時、白い綿毛に包まれ青白く光りながら浮遊する。日没後の夕日を纏いながら、ゆらゆら漂っている様子を単純、平明に描写している省略の効いた句。綿虫の儚い命を思う束の間のゆったりとした時の流れを感じる。
大根干す赤城の風の通る庭正田きみ子
群馬県のシンボルである上毛三山(赤城山、榛名山、妙義山)のひとつ赤城山は、日本百名山、富士山に次いで長い裾野をち、国定忠治の名文句でも知られている。赤城山から吹き降ろす風通しの良い庭に、葉を付けたまま洗い上げた大根を、垣根や竿に掛けて天日干しをする。しんなりとして徐々に甘みが増す。日常の生活の中から詠み上げた作品で情景がはっきり見えてくる。
街路樹の瘤をあらはに月冴ゆる鶴田武子
「月冴ゆる」は寒さの厳しい冬の夜、澄みきった透明感のある月を表現した言葉である。普段より月や星がくっきりと引き締まり美しい。帰路の街路樹の光景でしょうか。昼は目に止まらない瘤の形まで浮き上がらせ、自己主張をしているように見える。月は次第に輝きを増し幻想的でさえある。視覚的に捉えた格調高い句である。
買ひ置きのつましき夕餉寒波急村山千恵
寒波は、冬になるとシベリア方面から、波のように寒気団がやって来る。気温もぐっと下がり厳しい寒さに見舞われること。急な寒波襲来に、何とかあり合わせの食材で夕餉を囲んだのであろう。日常の機微に触れ最近の天候不順を的確に捉えた句である。昭和の食卓のような小さな幸せに気づかされた。
(今月号から大先輩の柚口満氏が担当されておりました「雨読集」の鑑賞をさせて頂くことになりました。精一杯頑張りますので宜しくお願い致します。)
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