「雨読集」11月号 感想                        児玉真知子  

眉描いてけふの暑さを乗り切らむ内海トミコ

 暑さ続きで、ため息ばかり出る日々、夜になっても暑さは衰えず一日暑いのである。女性は化粧が乗らず汗で落ちやすく四苦八苦する。まずは、しっかりと眉を描いて気を引き締める作者、じっとしていても汗が滲み出てくる暑さが伝わってくる。調べを整え一気に詠みあげた強い思いに共感を覚える。

水掛くる我に鎌上ぐいぼむしり尾碕三美

 蟷螂の傍題が「いぼむしり」、頭が三角形で鎌のように鋭い前肢を持つ。たまたま草木にやる水が、蟷螂に掛かってしまったのでしょう。無防備な蟷螂が敵の襲来とばかりに驚いて作者を威嚇するような挑戦的な姿を活写。逃げる術を忘れたかのように、咄嗟に鎌を擡げる習性に、小動物の滑稽さと短い命の哀れさも感じさせる句である。

安達太良の空広くして秋茜久保木恒雄

 安達太良山は、詩人、彫刻家として有名な高村光太郎の智恵子抄や万葉集にも詠まれ、多くの人々に親しまれている日本百名山の一つである。
 光太郎が書いた詩『智恵子抄』の一節「阿多多羅山(あたたらやま)の山の上に毎日出てゐる青い空が智恵子のほんとの空だといふ」から智恵子のふるさととしても知られている。
 この山の上の青い空を、秋茜が自由闊達に飛び交っている様子は、美しい景色と相まって光太郎と智恵子の貴重な時を彷彿とさせる。

風に乗り風に向かへる鬼やんま桜田品絵

 大きい蜻蛉の王様は、鬼やんまと呼ばれている。鬼やんまは、昆虫類や蜘蛛類を空中で捕食する。多くの虫にとっては、天敵である。風に乗って餌を物色、急降下して餌を捕らえたら、また風に向かって精悍に飛んで行く。その逞しい生態を観察し、自然と一体となった躍動感のある句に仕上がっている。

コスモスの似合ふ青空雲ひとつ島田𨳝江

 秋を代表する花として馴染の深いコスモス。茎は細く、弱々しい感じもするが、風の吹くたびに凭れ合う様子は、嫋やかに優美である。花色も様々で野原に群がり咲いている風景は、青空によく映える。「雲ひとつ」が存在感のある絵画的な景色を想像させてくれる。

おしろいのつんとしてゐる莟どち弾塚直子

 名前は、黒くて固い種子を割ると、中に白粉のような胚乳があることに由来する。夕方になると花を開き、朝にはしぼんでしまう。ゆかしい名前に反して、路地を狭めるほど繁殖力が旺盛な花である。「つんとしてゐる」の措辞に独自の鋭い感性がひかる。擬人法の描写により、豊かな味わいのある一句。

古里は山又山や星月夜深沢伊都子

 星月夜という美しい季語から息を呑むような古里の夜空を想像させる。澄み切った闇夜に満天の星が散らばり月夜のように明るい。古里の山々は、いつも変わらずに作者を包み込んでくれるやさしさがある。同時作に「帰省して空の青さをつくづくと」があり、絶景を懐かしく満喫している作者の至福の時なのでしょう。

蜩や母の帰りを待ち侘ぶる根本孝子

 夕暮れに大気を震わせるような澄んだ蜩の鳴き声は、秋を身近に感じる。またしみじみとした寂しさもつれて来る。家の近くの森から聞こえてくるのだろうか。気をもみながら母の帰りを待っている心境が表現されている。静けさの中で、季語が効いている一句である。

日向ぼこ幸せさうな愚痴を聞く佐藤さき子

 冬の日は暖かい日差しが恋しくなる。昼の一時を日向で暖まる日向ぼこは、小さな幸せ時間である。どこか懐かしくほのぼのとした情景が浮かんでくる。
 たわいのない話の中にも、本音が混じったり、愚痴がぽろりとこぼれたりもする。掲句の愚痴は、笑って聞き流せる気持ちの良い「ご馳走様でした」を醸し出している。これも季語の魅力である。

新涼や軽やかなりし旅鞄若木映子

 秋に入って、はじめて涼しいと感じた時の季語が「新涼」。猛烈な暑さから解放され、朝晩に涼を少し感じる頃、旅への思いが募ってくる。日々の鬱陶しさからも逃れ、身も心も軽やかに弾んでいる作者が想像できる。楽しい思い出の詰まった旅鞄に親しみを感じる。