「雨読集」8月号 感想 児玉真知子
牛蛙なくや眠たき声を混ぜ青木洛斗
牛蛙が鳴くのは、雌を呼び寄せ、縄張りを主張するためである。五月の飛鳥の合同吟行で聖徳太子誕生の地にある橘寺の池で、牛蛙の低い独特にひびく鳴き声をたっぷりと聞くことができた。作者は「眠たき声」と微妙な違いを見事に表現している。
人に馴れこの川に馴れ通し鴨大細正子
春になると北に帰る鴨が、まれに夏でも残って繁殖し雛を育てている鴨も見られる。掲句の夏の水辺の風景は、人にも川にも馴れ親しみ、平然と漂っているように見える。「馴れ」の二音のリズムが心地よく、さらりと詠み込んだ中に人生の来し方の重みを感じる一句である。
草取女一息に水干してをり桜田品絵
自画でしょうか。夏は特に雑草の繁茂が早く驚くばかりである。家の周りや庭の草を、暑さに耐えて黙々と、ひとりで作業をしている女の姿を一句に仕上げている。暑さで一息に豪快に水を飲み干している女の強さ、逞しさが小気味よく明るく描かれている。
格子戸に影忙しなき夏燕澤井京
木材を縦横に組んで格子戸にした引き戸は、通風が良く開放感がある。この格子戸に飛び交う夏燕の影を「忙しなき」と、的確に捉え表現。子燕が成長して巣立った後に、親燕は二度目の繁殖期に入り、積極的に餌を探しに飛び回る。素早く飛翔する影が格子戸を過る様子を観察し一瞬をまとめ上げている。夏らしい光景である。
若竹の脱ぎたる皮に朝の風正田きみ子
地上に顔を出したばかりの竹の子は、茶色の皮を脱ぎながら成長して、淡い緑色の幹、瑞々しい葉を広げる若竹の生命力が伝わってくる。この句の眼目は、「脱ぎたる皮」に焦点を当て、見過ごされがちな物にも、清々しい朝の風が吹いている竹林の情景に心の安らぎを覚える句である。
小判草鯖街道の日に焼けて中道千代江
鯖街道は、若狭湾で獲れた魚介類を一夜のうちに京へ運ぶ最短ルート。特に鮮度の落ちやすい鯖を水揚げ後、すぐに一塩して京都へ運んだことが「鯖街道」の名称の由来である。作者のお住まいの敦賀は、鯖街道の重要な要所で、街道沿いには社寺、宿場の街並みなど様々な往来の文化遺産がある。
鯖街道を巡れば、辺りに小判に似た形の小判草が小穂をつけ、日に焼けたような色で逞しく揺れている。古代から続く往来の街道の歴史から、伝統を守り伝える人々の営みを想像させ、興味深く旅心を誘われる。
夏草を抜くや命のひしめける伯井茂
夏場は、青々と生い茂る雑草は抜いてもすぐに次々と繁茂してくる。強い日差しのもとで雨が降らなくても枯れることなく自然の生命力に圧倒される。「命のひしめける」と擬人法が効果的に使われ、平明で印象深い句である。
初鰹藁火ぼうぼう浜料理廣仲香代子
浜料理は、海岸で漁獲されたばかりの新鮮な魚介を焼いて豪快に食べる料理をイメージする。初鰹は、黒潮に乗って北上してくる。若葉の頃の近海ものは脂がのり、一番美味とされている。浜料理として鰹の藁焼きは高知の伝統的な料理である。束ねた藁の炎で鰹の表面を一気に焼き上げ、旨味を閉じ込めると鰹本来の風味が引き立つ。藁に火のついた様子をリアルに表現して臨場感溢れる句である。
花冷えや少し曇れる銀の匙松井春雄
桜の咲く頃、不意に陽気が変わり訪れる寒さを花冷え。銀の匙は出産祝いに贈る高価な縁起ものとして人気があり「赤ちゃんの幸せを願う」と言う意味が込められている。
日常生活で銀食器を使用する時は、保管場所や扱いに気を遣うが耐久性、熱伝導性が高く抗菌性、財産的価値も魅力だとか。銀の匙は曇りやすい反面、温かい感触が伝わってくる。季語がよく効いている。
宝珠解くやうに泰山木の花野村雅子
泰山木の花は、芳香ある大形で肉厚の白い花で天に上向きに開く。葉は光沢があり裏は茶褐色で毛が密生している。宝珠とは、仏教用語で「あらゆる願いを叶える珠」の意味である。下が球形、上が円錐形の玉葱の尖ったような形で、仏様の持物でもある。主に如意輪観音、地蔵菩薩、虚空蔵菩薩などが手に持たれている。泰山木の花は神々しく蕾の膨らみを宝珠と見立て、願いが叶えられるのが楽しみである。
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