「雨読集」1月号 感想 児玉真知子
秋茄子の色よく漬かる朝餉かな岩永節子
秋茄子は実がしまっていてやわらかい。夏の収穫の終り頃に枝を伐りつめ肥料を与えると花をつけ多くの実が生る。家庭菜園を楽しんでいるのでしょう。朝取りの新鮮な秋茄子を漬け、食べごろの色合いをみて朝の食卓の、一品として添える。季節の瑞々しい旬の味に満足気な作者が浮かんでくる。
去来忌や竹林戦ぐ嵯峨野径岡村美恵子
去来忌は蕉門十哲の1人、向井去来の忌日陰暦の9月10日である。去来の別荘で嵯峨野の草庵「落柿舎」には、芭蕉も訪れ「嵯峨日記」を著した場所と伝えられている。入り口の粗壁に掛けてある蓑と菅笠が目印である。
数千本の竹が立ち並ぶ裏径の傍に、膝丈位の去来の石の墓がある。嵯峨野の風が吹くたびに竹林の心地よい音が聞こえてくるようであり、旅への思いが募る一句である。
秋晴や赤子は今日も宙を蹴る小山田淑子
空気が澄み遠くまで見渡せる爽やかな秋晴の日の句。生まれて間もない赤ん坊が、元気に強く宙を蹴る仕草に驚き、将来逞しい子に育つ予感を覚える。リズムよく軽快な表現から季語が効果的で躍動感のある句に仕上がっている。
いつ見ても両手ひろげてゐる案山子窪田季男
刈り時が近づいた稲を鳥や獣から守るための工夫として案山子がある。竹や棒を組み藁の人形を作り、帽子や服で人のように見せかけて鳥獣が近寄らないようにしている。近年は、キャラクターなどのユニークな案山子も見られる。案山子は、1本の棒を通し腕と見立てているものがほとんどだと納得、説得力のある一句である。
最近はあまり見かけなくなったが、案山子は雨の日も風の日も守ってくれているのである。楽しい農村の風物詩として残して欲しい。
鯉跳ぬる他に音無し秋の暮黒田幸子
「秋の暮」には、秋の終りの晩秋の意味と秋の夕暮れの意味もある。暗くなりかかった頃は、遠き思いにひたる季節でもある。水も空も澄み、いつもは聞こえない遠くの音が聞こえてきそうな気がする。実際は、鯉の跳ねる音ばかりが聞こえる。鯉の跳ねる音で季節感を表現し、鯉との時間経過を大切に堪能している情景が詠み込まれている句である。
迷ふことありて見上ぐる後の月鈴木吉光
後の月は、陰暦9月13日の月。前月の十五夜に対して「後の月」という。十三夜ともいわれている。後の月は、晩秋のひんやりと澄んだ空気に浮かぶ後の月を見上げつつ、これから満ちていく月に、一抹の明るさを見つけ出そうとしているのでしょうか。やや欠けた月に自分の気持ちを思い合わせ情感の溢れる魅力的な一句である。
うろうろと生きて八十路や衣被中道千代江
「うろうろ」の擬態語から、いつも忙しく動きまわっているご様子が浮かんでくる。恙なく傘寿も過ぎ、来し方を振り返ってみる気持ちのゆとりもできたのでしょう。平凡な日常の暮しの中に、齢を重ね生きてきた誇りが感じられる。季語からは、ほのぼのとしたイメージが浮かぶ。これからも、今まで通り「うろうろ」と元気に齢を重ねてください。
秋桜倒れしままに盛りたる野口栄子
秋桜の花は、茎が細くふんわりと嫋やかに咲き殊に美しい。一見弱々しい感じだが、成長力が強くどこにでも、群生して咲くのも好まれる。この句は、強い風で吹き倒されても、なお盛る秋桜の生命力と逞しさを平明に写生している一物仕立ての句である。
蓑虫の声聞き得たり伊賀の旅本郷民男
蓑虫は、蓑蛾の幼虫である。蓑虫は体から糸を出し葉や細枝を括って巣を作る。この巣が蓑に似ているのでこの名があるが、傍題も鬼の子、鬼の捨子、父乞虫などと興味深い。古来から秋の寂しさを鳴くかのように詠まれてきた。「枕の草子」によると、蓑虫が鬼の子だという話から、秋風の吹く頃になると「ちちよ、ちちよ」とはかなげに鳴くとあるが実際に鳴くことはない。
掲句は、蓑虫の声とは?と思わせて蓑虫の「声聞き得たり」と中七で大胆に言い切って、あたかも鳴いたような雰囲気を醸し出している。それも伊賀の旅で遭遇したのだから尚更のこと。伊賀の旅が絶妙に効いている。芭蕉の句に「蓑虫の音を聞きに来よ草の庵」が思いだされる。
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