「雨読集」1月号 感想 児玉真知子
パンよりもおじや欲する夫の老い伊藤克子
おじやは、炊いたご飯を水洗いせず出汁と具材を一緒にとろりするまで煮込む。味がしみて柔らかくなり、有り合せの材料で簡単にできるので忙しい時には便利である。
寒い日には、ふうふう吹きながら食べるおじやは、体の芯まで暖かくなる。パンが好きだったご主人が、歳を重ねるにつれ、のど越しの良いおじやを所望するようになった事を改めて感慨深く受け止めている。
落葉積む膝丈ほどの地蔵尊大溝妙子
地蔵尊は「お地蔵さん」として子供の守り神、魔除け、病気平癒などの民間信仰から親しまれ道端や寺の境内でよく見られる。この辺りは、落葉が堆く積もっている。地蔵尊を「膝丈ほどの」と具体的な写生が掲句の眼目であり、情景を的確に捉えている句である。
高原の晴れ間短し吾亦紅岡村美恵子
晩秋の野を彩る吾亦紅。花びらはなく先に俵形の花穂をつけ、花は焦げたような色で上から下へ順に咲いていく。季節の変わり目は、晴れていたかと思うとあっという間に悪天候になったりする様子を「晴れ間短し」と素朴な表現がその雰囲気を上手く伝えている。
〈遠山の晴れ間みじかし吾亦紅〉上田五千石の句を彷彿とさせる。
高きより古墳見る旅秋惜しむ尾碕三美
掲句は、旅に出て高い所から古墳を俯瞰している光景でしょうか。関東では、さきたま古墳群があり、5世紀から7世紀にかけて築かれた前方後円墳と大型円墳、方墳、小円墳群で構成され、国の特別史跡に指定されている。国内最大級の円墳で丸墓山古墳は頂上から行田市内を一望でき見応えがある。この旅から古墳の歴史を感じながら去り行く微妙な秋の寂しさが伝わってくる。
風に揺れ風に寄り添ふ秋桜小山田淑子
秋咲く美しい花という意味から秋桜の和名がある。茎が細く繊細な姿の割には強健で繁殖力も強く種が飛んで河原などにも生える。
色とりどりの秋桜が、風の吹くままに揺れて群れ咲いている特徴を「寄り添ふ」と的確に表現し、詩情を醸し出している。秋を代表する風景である。
色変へぬ松や杜国の屋敷跡角野京子
杜国は芭蕉の愛弟子で名古屋の米商人。空米売買にからみ詐欺罪に問われ追放の身となって愛知県田原市に移る。芭蕉は、杜国の天分を愛し笈の小文の途中立ち寄った。翌日杜国の案内で伊良湖岬を清遊した。
掲句の屋敷跡は、現在は杜国公園として整備され芭蕉ゆかりの地として知られている。季語が効果的で、句碑などから感性豊かに往時を偲ぶ作者を想像する。
夜業の灯間口の狭き靴直し小林啓子
秋分を過ぎてから、少しずつ夜は昼より長くなり、しみじみと夜の長さを感じる。夜長を生きる人々の生活感や家族の営みが感じられる季節。つい仕事に打ち込んで、仕事場の灯が煌々と狭い空間を照らしている光景が、鮮明に浮かび上がってくる。細かい仕事を黙々とこなしている姿に、生きる力強さが表現されている作品である。
七つ星仰ぐ寒夜の橋の上小林黎子
よく晴れて風もなく寒い夜気を、橋の上でより一層感じたのである。七つ星は北斗七星のことで、ひとつずつが夜空に煌めき輝いて、七つの星でひしゃくのような形を構成している。「星の案内役」として一年中見られ美しさを放っている。作者の研ぎ澄まされた感覚が、季語の「寒夜」の響きと相まって一句を引き締めている。
浜寺に俘虜の石碑や初しぐれ澄田いづみ
浜寺は、日露戦争期に大阪の浜寺公園に設置されたロシア兵捕虜を収容した最大規模の収容所の跡で歴史的遺構である。記念碑が現在の堺市と高石市に跨り残っている。当時、数万人のロシア兵の捕虜は、明治39年2月までに全員ロシアに送還されたと言われている。
戦争の遺構の石碑を前に佇んでいると、ちょうど初時雨に遇う。さっと降ってさっと上る通り雨に冬の到来を実感する。歴史を振り返り、時代は違っても戦争に対する思いや寂寥感が、季語の取合せによってしみじみと伝わってくる句である。
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