「雨読集」11月号 感想 児玉真知子
ドアノブに御裾分けとて茗荷の子石川敏子
茗荷は、湿地に自生するが、野菜として庭や屋敷の隅に栽培される。7月頃に淡紅色をほのかに帯びた6,7片の苞を重ねた蕾を地上に出す。やがて淡い黄色の花を開くが、花の咲かないうちに採る。独特の香が好まれ、薬味の他いろいろな料理に重宝され、健康維持に効果があるとされている。因みに9月から10月頃に収穫されるものが「秋茗荷」と呼ばれている。
日常の一齣が浮かんでくる。日記のように平明に詠んでいて、近所付き合いの微笑ましい1句である。
リズム良き両手の杖や涼新た牛窪肖
昨年2月の新春俳句大会の司会の大役を果たした後、4月に事故で入院、長くなるらしいと知り、早い回復を願うばかりでした。今月号に投句作品が掲載され、過酷なほどのリハビリを頑張っての復帰は、本当に嬉しい限りです。
ご自身の近況の1句から。両手に杖を持ちながら季節を全身で感じて取っている喜びが伝わってくる。的確な季語により、味わい深い句になっている。
捜せども小さき秋とて見つからぬ木曾令子
「だれかさん」ではじまるサトウハチロー作詞の童謡「ちいさい秋みつけた」を思いだす。この「小さい秋」は作詞家の心象に思いを馳せてみると、身近な中にふと秋の気配を感じること。そこに小さな喜びを見出している。
この句は、自身の感じ取った気持ちを素直に表現しながら、内面の寂しさも窺える。
朝の窓よりみんみんの声わつと正田きみ子
みんみん蟬は、透明な羽に淡い緑色で美しい。欅や桜などの落葉広葉樹を好むことから、作者は木々に囲まれた所にお住まいでしょうか。目覚めた朝、窓の方からみんみんの一斉に力強く鳴く様子を「わつと」と表現することで臨場感のある句になっている。
踊り子のやうに咲き出す萩の花清水伊代乃
萩は秋の七草の1つ。公園や参道などでよく見かけられる。晩夏から秋にかけて蝶形の花をつける。万葉集の花の中では最も多く詠まれている。長い枝が撓んで風に揺れる姿は風情がある。花の写生が独自の表現で共感を覚えた。
夜のちちろ藁の発酵促せり中道千代江
土作りに大切な「藁の発酵」とは、微生物の働きで稲藁の有機物を分解し、土壌の栄養分を変えることで、植物が利用しやすい養分になる。良質な堆肥作りに必要なプロセスである。
季語の「ちちろ」は「こおろぎ」の別名で、身近な所で鳴く。夜の間に藁の発酵を囃したてているように鳴いている声に、親しみを感じている作者。場所と季語の取合せが面白くたのしい句である。
戦後つ子と言はるるも喜寿終戦忌松村由紀子
玉音放送による終戦から、今年で戦後80年。各地で戦争の過ちを確認し、戦没者を追悼する催しが行われた。
戦後以降に生まれた子供たちは、高度成長期を経て豊かな社会へと移り変わる中で、日本の経済、社会に大きな影響を与えてきた世代である。ベビーブーム世代、団塊の世代、戦後の生まれと言われて育って、もう喜寿なったという作者の感慨もひとしおと思われる。一気に詠ませ味わい深い句になっている。
玉葱の軒端吊しや遠筑波宮沼健夫
関東平野のシンボルである筑波山を遠くから眺められるのでしょう。姿が美しく「西の富士、東の筑波」とも称される。この辺りは、玉葱の主要産地で、肉厚な食感と風味の良さで知られている。
掲句のように、保存用の玉葱として風通しが良く、直射日光の当らない軒端に吊しているのを見かける。玉葱を紐で少量ずつ束ね一週間位吊るし乾燥をさせると、腐敗を防ぎ長期保存に適した状態になる。幅広い健康効果が期待できる食材である。遠筑波を背景に日常の景色を絵画のよう描写している。
糠床に塩足しをればちちろ鳴く深沢伊都子
糠床は手入れを欠かさなければ、何年も長持ちし、その家庭の味が引き継がれる。毎日かき混ぜ空気を入れてあげる。すると野菜からでる水分で柔らかいと感じたら塩を足していると。ちちろの鳴き声が聞こえてきた。
毎日の生活に溶け込んでいるような季語が効果的である。
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