今月の秀句 棚山波朗抄出
「耕人集」2019年10月号 (会員作品)
蓮咲くや又ねと云ひて逝かれしよ林美沙子
炎帝や父母の生き抜く爆心地中村岷子
くちなしや終の一花を逝く人に橋本速子
夕立晴街の匂ひのほどけゆく秋山淳一
雲の峰ときに父の背母の胸正田きみ子
丸い水四角い水に金魚飼ふ鳥羽サチイ
鑑賞の手引 蟇目良雨
蓮咲くや又ねと云ひて逝かれしよ
「又ね」の一語は重い。又会える時を楽しみにして死んでゆきますとは中々言えない。亡くなられた方と作者の親密さが色濃く表れている「又ね」であると思う。
炎帝や父母の生き抜く爆心地
ここでいう父母は被爆した方で無くても句は重いと思う。まして被爆された方ならもっと重い。炎熱地獄を経験されたご両親が今も炎帝の居座る爆心地に生活されていると考えるとお子さんである作者の心配は如何ばかりかと思う。
くちなしや終の一花を逝く人に
供華として何の花でもいいというのではないと作者は言っている。亡くなられた方の一番好き好きな山梔子の花のそれも最後のものを贈ったのである。山梔子の花の香りを愛し、山梔子の花に纏わる唄なども愛された方だったのかとこの句から想像出来る。
夕立晴街の匂ひのほどけゆく
真夏の夕立の消し去るものとして街の汚れなどは思いつく。作者は街の匂いがほどけるのを感じたという。それまであった街のきつい匂いが夕立によって薄らいでゆくのを感じ取ったのだ。詩人の嗅覚の勝利。
雲の峰ときに父の背母の胸
雲の峰が大きく育っている時を観察すると、時には父の背中のようにがっしりと見え、時には母の懐が深くなるように陰影を作りつつ大きくなってゆくことを知る。作者にとって父母が偉大であったことを思い出しているのだと思う。
丸い水四角い水に金魚飼ふ
省略が効いた句である。金魚を飼う水が丸いとは金魚玉に入れること、四角い水とは直方体の金魚鉢に飼うことで深い意味はないが、こう言われると日常の景色が生き生きとしてくるではないか。
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