今月の秀句 棚山波朗抄出
「耕人集」2019年9月号 (会員作品)

蛍火に落人伝説重ねけり安井圭子

みづすまし流れに乗らず一つ跳び平向邦江

画眉鳥の声に親しむ鑑真忌小島利子

にはたづみ飛ぶ少女らの藍浴衣平照子

あるはあるは葉隠れの梅落としけり清水禮子

朝曇冷たきミルクぐいと飲む雨森廣光

鑑賞の手引 蟇目良雨

蛍火に落人伝説重ねけり
 螢火の湧く場所が平家部落にあるという句はよくある。この句のよさは、飛んでいる螢を見ていて落人の伝説を思い描いているところが取柄だと思う。谷筋を落ちて行く人に螢火の流れなどを重ねて物語を作りこむ作者の自由な時間がここにある。

みづすまし流れに乗らず一つ跳び
 流れに逆らう水馬の景色は良くみるが、掲句は流れに逆らったり乗ったりすることに飽きて、一気に別の場所に跳び移った水馬を描いて意外性がある。「ひとっとび」の措辞に軽々と移る水馬の生態がある。

画眉鳥の声に親しむ鑑真忌
 画眉鳥は中国の鳥でいつの間にか日本に住みついている。声がきれいなので中国では籠に入れて鳴き合わせをさせる。日本では山野に気ままに鳴き声を出している。鑑真を偲ぶのにふさわしい画眉鳥である。

にはたづみ飛ぶ少女らの藍浴衣
 元気な少女らを描写。潦の上を飛ぶ元気な少女らと藍浴衣が涼しげである。自ずから木陰を連想させる雰囲気がある。

あるはあるは葉隠れの梅落としけり
 梅の実を落とそうと葉の裏を見ると、梅の実があることあること。この嬉しい発見を一句にした。お百姓ではないが個人でもたくさん取れれば人に譲ってあげることもできて嬉しい限りである。「あるはあるは」に素直な喜びが出ている。

朝曇冷たきミルクぐいと飲む
 これから段々暑くなるぞというのが朝曇。暑さに備えようとするのか冷たいミルクをぐいと飲んだのだ。気構えが良く出ていると思う。