今月の秀句 棚山波朗抄出
「耕人集」2020年3月号 (会員作品)

塗椀に咲きたる花麩今朝の春太田直樹

玻璃戸拭く木枯の色見ゆるまで酒井登美子

独り居の家計簿もなし歳の暮池田年成

全身を絞りて怒る寒鴉請地仁

山茶花の蕊見せてすぐ散り初むる正田きみ子

鑑賞の手引 蟇目良雨

塗椀に咲きたる花麩今朝の春
 元旦の喜びを注意深く表現できた。塗椀にある汁ものは雑煮でもよい。少し多めの汁に花麩が咲くようにある。太田家では早くも椀のなかに春の景色を作り上げてしまった。丁寧に写生した作者の心が伝わる一句。

玻璃戸拭く木枯の色見ゆるまで
 昔の木造住宅が思い出される一句。朝、家のお掃除をしていると、庭の中を木枯が吹き荒んでいる。木枯は様々な庭の樹木の葉を、その木特有の葉の色をさせて落としている。思い出のある庭木はどうなっているかよく見えるように作者は廊下のガラス戸を一心に磨き込む。木枯の色が見えるまでに。

独り居の家計簿もなし歳の暮
 家計簿をつけないことが俳句になるなんて驚きだ。俳句の材料はどこにも転がっているという証の一句。独り居の生活で家計簿を付けなくて暮らすといえば暗い翳が差すと思われがちだが作者は「成るようになれ」と悠然と生きている。人生を達観した明るい雰囲気が漂ってくる。

全身を絞りて怒る寒鴉
 寒鴉が怒りで鳴いている様子を描いたのだが、「全身を絞りて」怒り鳴いていると表現して実相に観入した。仲間が捕らえられて虐められているのを近くから怒り鳴いているような光景が思われる。こんな句は中々出来ない。

山茶花の蕊見せてすぐ散り初むる
 山茶花のありようを的確に描いた。山茶花は咲きだすそばから散って行く花だ。その特質を俳人は様々な角度から描こうとするがなかなかうまくいかない。蘂をたっぷりつけて花びらも全数揃って、椿のように完全な姿の山茶花を見てみたいものだが、何故、山茶花は咲き急ぎ、散り急ぐのだろうか。そんな疑問を作者も持っているからこそ掲句が出来たのだと思う。