今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2022年10月号 (会員作品)

河口にも立ちし潮目や鰡の飛ぶ峯尾雅文
 鯔は全国どこにも生息するが食べつけない魚なので縁が薄い。カラスミは鯔の卵から作る。「いなせな奴」の語源は鯔(イナ)の背(セ)から来ている。作者は釣を趣味としているのだろう、鯔が河口の潮目を飛んでいることに秋の到来を感じている。同時作<荒縄で括る家苞新豆腐>は縄で縛って持ち運び出来る豆腐を題材にしている。目の付け所が鋭くなってきた。

うすうすと芋粥甘き我鬼忌かな弾塚直子
 我鬼忌は芥川龍之介の忌日。自宅の「餓鬼窟」の扁額から名付けられた。他に「河童忌」「澄江堂忌」とも言う。作者は彼の著作「芋粥」を思い出してわざわざ作って食し、そのうす甘さに感じ入って味覚から芥川を偲ぶ。

床掃除あふるる汗を落しつつ野尻千絵
 冷房完備の生活に慣れると汗をかくことも少なくなってきた。掲句を示されると昔の生活がすぐ蘇ってくる。家の中の縁側や廊下や台所の床を掃除しながら自らが垂らす汗でまた汚して切りの無い時間が嫌になる。大切な用件の為に掃除をしている切実感がある。

更けてより踊り上手の入りにけり飯田畦歩
 阿波踊りのような熱狂的な踊でなく、地域の静かな盆踊の光景と思われる。若い人たちは踊疲れて引き上げた頃、往年の踊り上手が登場する。熱気は引いたが密度の濃い時間が充満する。

さくさくと鱧の骨切る魚(とと)にいちやん山下善久
 「耕人集」投句にルビ付きは許していないがこの句の場合はルビを振らざるを得ない。以後は勝手な鑑賞になるかもしれないがお許しを。鱧の骨切りは板前の腕の見せ所。高価な骨切り包丁を購入して修練を積む。ところが、町の魚屋のにいちゃんがいとも簡単に鱧の骨切りをやってのけて驚いた。「習うより慣れろ」の語を思い出す。

水郷を巡る舟べり初鴨来小林美智子
 丁寧な写生句。水郷を遊ぶ舟の周りに懐かしそうに初鴨が寄ってきた。舟は手漕ぎらしく静かに進み、初鴨が水郷をふるさとのように馴染んでいる様子が窺がわれる。

三代の老木の梅漬けにけり結城光吉
 梅の実を三代に亘って供給してくれる梅の木に感謝している。三代というと百年弱の年月になるか。まだまだ元気な木。

遺跡掘る刻々かはる汗の味岩﨑のぞみ
 汗の味が変わるほど熱中する遺跡掘り。

しよはしよはとやかまし古都の蟬時雨菱山郁朗
「しよはしよはと」のオノマトペが新鮮。