今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2024年12月号 (会員作品)

眼薬を差し損ねたる稲光り小川爾美子

 生活の中の一こまが俳句に結晶した。夜、目薬を差そうとした瞬間に稲光りがして差し損ねたという光景。家の中まで閃光が入るほどの激しい稲光りだと理解出来てさらに広々した田園風景が広がっていることも想像できる。

落ちてゆく重さの見えて秋没日鳥羽サチイ
 日本海に落ちてゆく秋没日なのだろう。冬の方が重そうに落ちて行きそうだが、夏から秋への変わり目に作者は落ちてゆく重さを感じたのだ。心象を「重さ」という言葉で具現した一句。

魚跳ねて水輪きりなし一遍忌小杉和子
 一遍上人の忌日句。水面に魚が跳ねて出来る水輪が次から次に現れるところを詠んだ。一遍上人の広めた踊念仏が魚たちにも及んでいるかと思わせる力を持っている。深く洞察して得られた一句と思う。万物を導く宗教の力とも言える。

路地に父また酒探す健次の忌関野みち子
 中上健次は紀州が生んだ異才の作家。私生児として生まれ波乱万丈な人生を私小説にしたが深酒のため腎臓癌で46歳で亡くなった。作者の父も文学にあこがれていたのだろう、健次の忌に健次に成りきろうとして路地の奥に酒場を探している。そんな父を優しく見つめる作者の姿勢もよい。

秋闌くる今宵はソニーロリンズを伊藤一花
 よく、秋になるとイヴ・モンタンの「枯葉」を題材にした句が出て来る。これは今では、即き過ぎと言われてしまう。作者は秋が深まるにつれてソニーロリンズのジャズサックスを聞きたくなるという。低音のサックスが秋の深まりを実感させてくれるのだろう。

イヤリング床に転がるジム残暑大久保子
 スポーツジムでダンスの練習でもしているのだろうか。思わず落ちて床に転がるイヤリングを見て残暑を感じてしまった。意外な光景が残暑を実感させてくれる。今年も長々と残暑に痛めつけられたものだ。

秋茄子の少し見ぬ間に割れにけり野尻千絵
 夏の茄子と秋の茄子のどちらが割れやすいか知らない。でも作者は秋茄子の方が割れやすいと発見したのだろう。言われてみれば秋茄子は子孫を残すために早く立派な種を育てるように自然から求められていることを生活の中から感じ取ったのかも知れない。

田の色や青春切符一日旅瀬崎こまち
 昔、学生の頃、周遊券なる切符を使って遠くまで旅をした。期間内なら、目的地までの途中を含めて行ったり戻ったりして途中下車を幾らでもすることが出来た便利なものだった。そんな便利な切符を使って一日だけを楽しむ余裕のある旅で田の色をみて納得した気分が一句になった。

エンディングノート書き足す夜長かな菅原しづ子
 日記を書き続けることが即ちエンディングノートを書き足すことになっている。

ラジオからFENの流れて鳥渡る浅田哲朗
 FENから軽快な会話や音楽が流れて来る中を鳥が渡って来る。長旅を癒してくれるように・・・。