今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2024年5月号 (会員作品)

春一番松の小枝のちぎれ飛ぶ横山澄子
 冬の間、風雪に痛めつけられた松の小枝が、春の到来に癒されるかと思っていたが豈図らんや、春一番の強風に千切れ飛ばされてしまったという自然界の厳しさを表している。万全の写生が句に力を与えている。同時作〈声と声ぶつかり合うて猫の恋〉も闇の中で姿の見えない猫の恋を声だけに焦点を当てて描く事が出来た。

魚は氷に上り月夜の熊野越え中谷緒和
 氷がゆるんで魚が氷の上に上がったと思ったら、その魚は月夜の熊野越えをしていますという幻想的な一句になった。熊野越えの体験があったからこそ出来た句と思った。同時作〈お松明良弁杉の影揺らす〉は二月堂お水取りの光景。縁側を走る大松明が境内の良弁杉の影を揺らしているところをしっかりと写生した。

どの家のものとも知らず崖の梅石川敏子
 崖の上に見える梅の花の持ち主の家はと見れば、高い崖の上のあるためによくわからないという景色を描いた。崖の高さが感じられる句。同時作〈枝垂梅二輪誓子の分骨碑〉この句の良さは分骨の分と二輪の数字の二の響き合いだろう。

道民となりたての子へ寒見舞小川爾美子
 山形県の鶴岡も十分寒いと思うが、北海道へ嫁いだばかりの子が寒さに耐えられるだろうかと心配する親の気持が出ている。同時作〈古傷の疼く指先冴返る〉も簡にして要を得ている。

夕映えの大菩薩嶺鳥帰る大久保明子
 大菩薩の嶺の上を夕映に照らされながら鳥が帰ってゆくという美しい光景を描いた。鳥は早朝や夕方猛禽類の目に付かないように帰ってゆく。同時作〈山並の果てに夕富士龍太の忌〉も多摩地方から見える富士山と龍太を結びつけた佳句。

蕨縄の湿りに鈍き冬日差瀬崎こまち
 蕨縄で十文字に結んだ関守石の縄の湿りに冬の日差が当たっている図。何気なく見過ごしがちな景色を写生出来た。蕨の根から作られる縄は水に強く長持ちする。同時作〈にらみ鯛を軽くにらみて席に着く〉には諧謔がある。

煮凝の箸つき返す目玉かな関野みち子
 煮凝は魚をじっくり煮ると、染み出したゼラチンが固まってできるもの。鯛の粗などを煮込むと目玉もそのまま煮凝になる。箸でつついたところ跳ね返されたことに驚いて一句が出来た。

カリヨンの響く大空鳥雲に大塚紀美雄
 楽曲として鐘が演奏されている教会の塔などが想像される。果てしない旅路へ飛び去る渡り鳥に幸あれと響いているようである。

  〈その他注目した句〉

城仰ぐ籠大仏や梅の花齊藤俊夫

力瘤めきたる気根や春の土酒井杏子