今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2024年6月号 (会員作品)

糯米を半分ころす彼岸かな鳥羽サチイ
 糯米(もちごめ)を半分殺すという表現が面白い。想像するに牡丹餅を作る際に半搗きにして米の粒の食感を楽しむことかも知れない。
 また餅や赤飯を炊くために大切に保管しておいた糯米を彼岸だからと思い切って半分使ったとも考えられる。何れにしても殺すという過激な表現が面白い。「殺す」とは命を奪うことが原義であるが、「自我を殺す」「無駄な力を殺す」「ためを殺す」などの使い方がある。日本語の奥深さに気付かされた。

一雨に芍薬の芽のほぐれ初む森安子
 昨日まで大きな塊の蕾であった芍薬がたった一雨降っただけでほぐれてきた喜びと自然への敬意が一句になったもの。毎日観察していて少しの変化を見逃さなかった作者の努力のたまもの。

暮れかぬる土器にひきたる影やはし岩﨑のぞみ
 春日遅々としているところ土器についた影が柔らかに見えたことが一句になった。日頃土器に慣れ親しむ暮らしぶりから生まれたものと思った。自分の得意分野をしっかり読めば句は出来る。

ひとひらづつ夕日をのせて散る桜金澤八寿子
 夕日の中に散る桜の花びらがどのひとひらも夕日をのせている光景が見えて来る。クローズアップされた力強さがある。

屋根替の大工ショパンを口遊む木原洋子
 屋根替は本来茅葺屋根を葺き替えること。大勢の人を指揮して天気の良い日に行われる。昔気質なら浪花節を唄う光景が面白いかもしれないが、現在の職人さんはショパンを口遊んだという。もしかしたらピアノを弾く大工さんかしら。

うす紙のやうに吹かるる蝶々かな中村岷子
 吹かれ飛ぶではなく吹かるるであるから止まっている蝶の写生であろう。風に吹かれている様子を見ていると翅が薄紙のように震えている。翅のしなやかさが表現されていると思った。

春泥に片方の靴とられたり森戸美惠子
 春泥と思って軽く見過ぎた後悔の念が込められているようだ。ついには片足の靴を取られるほどの目に遭ってしまった。ここの春泥の粘っこさは相当なものである。

引き潮にさらはれゆけり流し雛神部有可里
 海に流す雛を詠ったもの。引き潮に如何ともしがたく攫われる雛人形を見て我が身の定めに思いを馳せたのかもしれぬ。

中日や笑ひ上戸の弟たち青木民子
 中日は(春の)彼岸の中日のこと。何もかも肯うきょうだいの様子が出ている。全て片づいて残るは自分達という覚悟ができて笑う弟たちを優しく見る姉。

春塵を巻きてドクターヘリ上る辻本葉子
 せっかく収まった春塵がドクターヘリのためにまた、巻き上げられた。緊急事態だから仕方がないと思う作者。

初蝶やわらべの像の二頭身高村洋子
 初蝶が止っている像が二等身であることに微笑んでいる作者。漫画でも二等身が可愛らしく思える。初蝶が止りますます可愛らしい光景。