今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2025年1月号 (会員作品)

ガスの火のときには赤し栗を煮る鈴木さつき
 栗を茹でている時の光景。湯が滾って蓋から零れ出してガスの火にかかった時に焔の色が赤く変わった瞬間を描いた。作者は何をするでもなくガスの火を見詰めていたのだろう。静かな時間が過ぎてゆくことがうかがわれる。同時作<手で磨き夫に供ふる紅りんご>も手で磨くという懐かしい光景の中にしみじみとした愛情が感じられる。

さいならとをんな手を振る西鶴忌関野みち子
 この作者独特の世界が1句に出ている。そして大阪らしい人情の機微がうまく表現されている。「さいなら」を大阪風に口に出して読めば尚更だ。西鶴の時代にも今で言う大阪のおばちゃんがいたのかと想像すると楽しい1句になった。西鶴好みの老若を問わない女が浮かび上がる作品だ。

真つ新の投網の躍る水の秋阿萬旅人
 水の秋らしく気分の爽やかな句に仕上がった。湖沼や川に来て真っ新な投網を青空に向けて投げると投網は大きな花びらの舞い躍るように水面に達した。真つ新という俗語に水の秋を迎える素朴な喜びが出ていると思う。

荒磯の鳥居に一羽残る海猫小杉和子
 蕪島のような大きな高台のあるところでなく、波打ち際に鳥居があるような荒磯の光景だろう。それまで乱舞していた海猫のほとんどが北へ帰ってしまったが1羽だけ取り残されたことに思いを寄せている。しっかりと写生されていて説得力がある。

龍を呼ぶ拍手ひとつ萩の寺山下善久
 鳴き龍の寺のこと。柏手を打って天井の反響を龍の声かと聞き為す寺は各地にあるが、それが萩で有名な寺であったよということ。萩の花を愛でる静かな寺が思われて、その中で聞こえる柏手のはっきりした音に続いて鳴き龍の声も確かに伝わってくる。境内にいて聞えて来た光景として鑑賞してみた。

風待ちの鷹舞ひあがる伊良湖岬齊藤俊夫
 芭蕉の時代から伊良湖岬は鷹で有名である。〈鷹ひとつ見付けてうれしいらご崎 芭蕉〉三河湾の伊良湖岬から秋の終りに鷹が南方へ帰って行く鷹の渡りが見られる。長い距離を飛ぶ鳥たちは気流に乗って省エネ飛行する。風待ちはこの気流を探していることを指す。上空で円弧を描き風待ちをするために舞い上がる鷹を見つけた喜びが感じられる。

目は窯の火に陶工の夜食かな浅田哲朗
 陶芸は火との闘いである。近代的な管理された火を用いれば均質な作品が出来るがそれは作品でなく商品。作品は偶然な火の遊びによって出来るという。この陶工も火の動きから目を放すことなく夜食を取っている。

秋高し伊夜彦さまの大鳥居平石敦子
 越後一之宮の弥彦神社の景色。清々しい景色が描かれている。

茶の花をベンツの紳士屈み愛づ木原洋子
 ベンツに乗って来た紳士が車から降りて茶の花を屈みこんで愛でている。

木の実降る施設の夜は足早に青木民子
 木の実の降る音がする。手に取ってみたいが施設はもう就寝の時間だ。