今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2025年10月号
敗軍の将居座りて霧深し 菱山郁朗
敗軍の将は誰のことか分り難いかも知れぬ。世界のことならウクライナに負けがこんでも退かぬロシアの将軍とも思えるが、元政治部記者の作者なら、石破首相のことを指していると思う。同時作〈雨あとの道にのた打つ大蚯蚓〉のように写生がしっかりしてくると掲句のように言いたいことが言えて来ることを実証できた。私個人としては金権政治の総括をするためには石破さんに頑張って貰いたいが・・・。
新聞を被りて父の午睡かな 山﨑眞知子
懐かしい父の姿を見るようだ。最近は新聞を購読する人が減ってきている。やがて「新聞て何?」という時代が来るやもしれぬ。さまざまなメディアがある中でファクト・チェックをして世にニュースを送り出しているのが新聞だ。世の中が曲がらぬように指針を出し続けて欲しい。
煩悩坂下り始むるとき涼し 鈴木さつき
煩悩坂がどこにあるか知らぬが、作者にはそう言って相応しい坂があるのだろう。その坂を下りはじめると己の煩悩が減る感じがして涼しさを感じたというのが句意。自らを客観視できる作者の視線が良い。
皇后のほほゑみに似る睡蓮花 高瀬栄子
皇室のことは詳しくないが、雅子皇后の微笑みと睡蓮の楚楚と咲く姿を重ねることはなかなか出来ない。普段から観察を重ねているから得られた作品。国が安かれと願う心持ちも窺える。
固定電話鳴ることもなし冷奴森戸美惠子
食卓のそばには昔ながらの固定電話が有る懐かしい光景だ。家族の1人1人が、「お母さん、仕事が伸びて帰宅が遅れます」などと掛けて来たことを懐かしみ、もうかかってこない固定電話の前で冷奴を食べる淋しさを詠う。身近なもので俳句は詠うことが出来るという証の一句。
喉流るるヴィシソワーズや雲の峰 酒井杏子
夏の盛りに入道雲を眺めながら、冷製スープを啜っているお洒落な作品。高原の見晴らしの良いレストランの景色なのかとても臨場感と高級感がある。雲の峰という季語の採用がこの句の価値を決定づけたと思う。料理の名前だけで勝負した作者の手柄だ。同時作〈声揃ふ長刀鉾の大曲り〉は写生がしっかりできている。
梅干して用を早めに戻りけり日浦景子
梅を漬けてから天日干しにして外出したのだが、空模様が気になり早めに帰宅した普段の生活の一こまがよい。同時作〈ビーチパラソル数多吉野の川岸に〉も川遊びにビーチパラソルを立てる珍しい地域の景色が見えるようだ。
水遣りの足らざる思ひ畑灼けて小川爾美子
同時作〈大西日足裏ざらつく古畳〉と共に今年の空梅雨の貴重な記録になっている。
梅漬けて水の上りや壺覗き岡本利惠子
梅を漬ける人が体験する気配りを記した。重石をかけて梅が水分を外に出す量を確かめることで漬け具合が確認できる。
布を裂く音の涼しき裁ち鋏木原洋子
大きな布を、大きな鋏で一気に断ち剪るときの音が聞こえてきて心地よい
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