今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2025年11月号
星今宵日記開けば亡夫のゐて小杉和子
七夕を星今宵とも言う。星の光の強い七夕の夜空を眺めて亡くなった夫を目で追ったのだろう。天のあの辺りに居そうだと漠然と思いながら部屋に戻り日記を開いて読み進むと、日記の中には今も生き生きと亡き夫が息づいている。夫婦の愛の絆が強いと亡くなったあとでも共に歩む不思議さがある。
秋風にすこしだけ胸張つてみる伊藤一花
少し変わった秋風の句。虚子に〈春風や闘志いだきて丘に立つ〉がある。已むに已まれぬ気持ちを表出している。掲句はどんな心象なのだろうか。夏が過ぎて少し自信が付いたことを表したかったのだろうか。小さなことでも発見して一句に書くのが俳句である。〈桃青し赤きところの少しあり 素十〉この句もささやかな喜びを一句にしている。
束の間に夫も立派な生身魂桑島三枝子
生身魂は盂蘭盆会に年長の者に礼を尽くす習俗(角川俳句大歳時記)とされるが、俳句では年長の者を指すようになっている。これはこれでいいと思う。掲句は他家での生身魂の行事を見事なものだなあと見て来た作者が気が付けば我が家にも何時の間にか立派な生身魂がいらっしゃったことに驚いて一句になった。
濁流を巧みに秋の舟下り高梨秀子
秋出水が頻りに起こる頃の舟下りの光景。安全を確認しているが未だ濁っている川を下る船頭の棹捌きを感心した。穀倉地帯では取り入れが終り、お百姓さんに慰撫を与える舟下りなら多少の濁りはものともしない。
電線をひゆうと哭かせて初嵐浅田哲朗
分かり易い作品だ。台風にはならないが少し強い初嵐の特徴が出ている。長い間暑さの続いた今年の夏がようやく終わった頃に吹く初嵐だから気持ちよく聞いていたことだろう。
秋涼しエスペラントの駅に立ち菅野哲朗
旅好きの作者ならではの作。エスペラントの駅とは宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に因み古里、花巻から釜石へ至る釜石線の各駅にエスペラント語で付けられた名前。例えば大谷翔平くんの花巻駅は「チェールアルコ」(虹)駅となる。秋涼しをどの駅に降り立ちても実感できそうで羨ましい。
幼子の瞳の中の庭花火岩﨑のぞみ
庭花火を静かに描いた作。家族が庭で花火に興じている中で、作者は赤子を抱いてその様子を見ているのだろう。赤子の瞳は花火に釘付けになり花火の光を写している。この幸せな光景はいつまでも残るだろう。
園児等のびしよぬれになる西瓜割り佐藤和子
西瓜割りで子供らがびしょ濡れになるところが面白い。保母さんたちも濡れたろうなと想像して楽しい。
沢水に日の矢ひとすぢ秋の蟬高村洋子
開かれた景色でなく木漏れ日の矢が差しているうっそうとした森の中の沢のある景色が似合いそうだ。
洒落入れて僧説く話秋扇小田切祥子
僧は博識だから話が面白いが、洒落が混じった話なら尚更面白い。秋になって涼しさの戻った堂内なら尚更である。
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