今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2025年12月号                                               

一片の存在強し唐辛子 小杉和子

 唐辛子の色や形を句にした例は多いが「一片の存在」と真正面からぶつかって詠った作品は初めて見た。まともにぶつかって得た作者の感覚なのだろう。西洋人は胡椒を求めて東洋に進出した。日本人を含む東洋人は唐辛子を大切に育み一大食文化を築き上げた。一片と言えど疎かに出来ない。

菊枕傍らに母ゐるやうな 酒井杏子

 菊枕を作ったことのある人にはこの句の作者の気持ちはよく分ると思う。菊の花びらを大量に集めないとふっくらと嵩のある菊枕は出来ない。その花びらは広い空間を利用して乾燥させる手間が必要だ。ようやく出来た菊枕はそれでも数センチの厚さしか得られない。菊枕を前に母から受けた恩愛の数々を改めて思い出しているのだろう。

小鳥来る誘ひ合ふごと二羽三羽 荒井則子

 下五の二羽三羽が大変リアルである。大空を飛ぶときは群をなしているが、家の裏庭などを訪れる時は掲句のように密やかに二羽三羽づつ来るのである。数は少ないが鳴声で渡り鳥であることに気づく。大陸の広い空間から日本にやって来て狭いながら楽しそうな様子を楽しんでいるのか。あたかもインバウンドで来た外国人のようだ。

ラヂオから反トランプの歌雁渡し 藤原弘

 トランプ大統領の横暴さに世界が困惑している。自由主義世界にこんなことが起きるとは誰も想像していなかっただろう。御当地アメリカでは反トランプの歌が盛んに歌われている。ここにアメリカにまだ自由が残っていた証を見出す。作者は新聞記者。雁渡しの風に乗って聞こえる反トランプの歌を聞き逃さなかった。

虫鳴けばまたすげ替はる国の顔 菱山郁朗

 ロシアのプーチン大統領は2000年に大統領に就任し2030年まで任期がある。30年に亙る長期政権を任されている。これが良いか悪いかの判断はしないが、日本では首相の任期が一年単位で変わっている。なんと儚い首相の地位だろう。政治記者の作者にとって季語のように季節ごとに変わる政権の皃に見えたのだろう。

難問に爪を嚙む夜や蚊の名残 菅野哲朗

 日本人論などと大袈裟に考えなくても日本人はよく考え勉強好きだ。なんでも疎かにして置けない潔癖症がそうさせるのだろうか。こうした積み重ねが日本人を逞しくしている。金儲けは少し下手だが心豊かな暮らしをしていると私は思う。

高齢も後期となりて温め酒 浅田哲朗

 後期高齢者という分類を面白がっている。後期高齢者になるとぬる燗の味が分かって来る。酒が分かれば俳句も分かるぞ。

閼伽桶の母には重し秋彼岸 日置祥子

 春の彼岸には感じなかった母の衰えが秋になって顕著に見えたことを作者は見逃さなかった。

靄かかる釧路の釣瓶落しかな 村上啓子

 旅先で日が短くなったことをいち早く感じたのは旅にある不安がさせたのだろう。

姥捨の鹿の呼び交ふ日暮れ路 阿萬旅人

 信濃の姥捨の地名が秋の夕暮の寂しさを募る。感じることが俳句の始めである。