今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2025年2月号 (会員作品)
仕留めしを身振り手振りの薬喰河内正孝
四つ足の獣肉を食することを禁じられた時代に「薬」ですと言い訳をして食したので薬喰という。鹿や猪や熊や兎を捕らえて鍋などにして食した。この句では何の肉だろうか。簡単には仕留めることが出来なかった様子を身振り手振りで説明するのは可成り大きい動物であろう。座の興奮が尽きないことまで伝わる。
地に星を置きて詩聖は冬天へ関野みち子
詩人谷川俊太郎の死を悼んでの句。地に希望の星を残してくれて詩人は冬空へ登って行ってしまった。このようにすかさず追悼句が編めるのも作者の才能。同時作〈老ゆる母の乳房は老いず一葉忌〉一葉忌の作品としては異例だが、一葉が24歳で死んだ時に母クニは61歳。当時はお婆さんだったかも知れないが作者の母上のことだとすると現代では宜なるかなと思わせる作品。
右側に夫居ぬ不思議冬銀河小杉和子
冬の星空を見上げる時に、いつも右側に寄り添ってくれていた夫が居ないことを不思議だと嘆く作品。夫はいま冬銀河の中の星の一つになっていることを思い納得していることも暗示しているのが冬銀河の存在。
心臓を鷲摑みして冬将軍中村岷子
冬将軍に心臓を鷲摑みされたと感じて出来た一句。私も昨年、居残り続けた冬将軍に心臓をやられて手術をする羽目になった。人間の健康を脅かすという意味での「心臓を鷲摑み」だと同感した。
五平餅食べ歩く飛驒紅葉晴山下善久
この句の「歩く」が効果的な事を味わってほしい。「食べる」だけでも句は出来ているが、「食べ歩く」ことで飛驒の紅葉を見て歩き回ったことが想像できる。一歩突っ込んだ写生と言える。
金槌を捜し何する胡桃割る石橋紀美子
まことにリズムの良い句である。一人で呟いたことを一句にしたと鑑賞してもいいし、一人が金槌を探しているので、もう一人が何をするのかと聞いたら、胡桃を割るためだよと答えた掛けあい漫才の味がある。
雨脚の狭間を舞ひぬ雪蛍佐藤佳世子
曇天に更に雨が加わって来た中、雨が止んだり降ったりする合間に雪螢が舞っていたことを発見した作者の努力が一句に結びついた。
ヒマラヤの雪嶺誉れも死も与ふ宍戸すなを
作者は細身の婦人。ヒマラヤ迄よく行ってきたものだと感心した。ヒマラヤの雪嶺を見上げ、登頂して得られる名誉も、失敗して死亡する破目になる危険もある現実を現地で確かめて来た。
・・・ その他秀句 ・・・
年の暮征爾棒振る第九かな結城光吉
無患子の実や草田男の吾子の句碑石川敏子
野紺菊風強き日の日差し濃し大久保明子
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