今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2025年7月号 (会員作品)
遺言を書くとしごろか木瓜の花山下善久
年頃と言われると、妙齢の女性の年頃を先ず思い出してしまうが、掲句は遺言を書く年頃だから相当高齢になった年頃である。それでもどこか艶っぽい感じがするのは木瓜の花を配した効果による。取り合せの妙である。同時作〈味噌あんがびつしり母の柏餅〉は写生の利いた作品で好対照の作品になっている。
今朝のパンことにかうばし傘雨の忌宍戸すなを
久保田万太郎の忌日を詠んだ句。万太郎は食道楽で知られ食べ物の俳句を多く作った。「俳句は余技」と言いながら素晴らしい句を残している。私たちのお手本にするべき先人である。和食ばかり好きなのかと思ったらパンも好きなようだ。
〈パンにバタたつぷりつけて春惜しむ〉の句がある。朝のパンが香ばしく焼けて万太郎を偲ぶ作品になった。
涅槃西風落城二度のお市墓齊藤俊夫
信長の妹の市は嫁いだ相手が二度も落城して命を落とした悲劇を持つ。二度目の落城の時に夫に従って共に命を落とした。兄信長の我儘の結果であった。そんな歴史を正確にいい当てている表現力に感心した。涅槃西風の季語が動かない。ドラマに富む時代であったが悲劇の連続に涙を流さざるを得ない。
遅き日や鶏は下から瞼閉づ木原洋子
春爛漫で眠くなるのは人だけでない。鶏が眠くなった瞬間を見ていたら、瞼を閉じる時に人間のように上瞼を下に下ろすのではなく下瞼が上に持ち上って目を閉じた様子を見てこの一句になった。発見の句と言える。
うぐひすや水細くして皿洗ふ小川爾美子
食事の後の食器洗いをしていたら鶯の声が聞えて来たので、水流を細くして鶯の鳴き声をしっかり聞いたという内容だ。静かな時間であるが更に静かにして鶯を聞く作者の繊細な心が窺われる作品。
逃水や諦めつかぬ夢のまだ小杉和子
逃水になかなか追い付かないもどかしさは多くの人が感じる。そのもどかしさが諦めのつかない夢の中にまだあると嘆く作者。諦めは簡単につくものではない。追いかけて追いかけてゆく無為のような行為の中に何れ回答が出るかもしれない。
山道の雪へ蛙のたまごかな谷内田竹子
残雪に蛙の卵がむき出しに見える光景。山の厳しさが小動物に対して向けられた。卵が産まれた後に雪が降り、水路が塞がれて卵が溢れて道へ流されたことが分かる。しっかり写生がされている。
――その他感心した作品――
春の雪音なく雨に替はりけり結城光吉
母縫ひし晴着なつかし知恵詣岡庭淑子
歯が抜けし子はにつこりと桜餅石橋紀美子
- 2025年7月●通巻552号
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