今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2025年9月号
軸装に紙魚のつけたる風趣かな鈴木さつき
軸物や色紙短冊類は染みが出やすい。染みが出ると修復が行われる。装潢師(そうこうし)と呼ばれる専門家が手がける。しかし真っ新な掛け軸では風情が出ない場合に紙魚が付けた変化をそのまま受け入れて楽しむ余裕がこの作品から見て取れる。
ガラス器を手前に移す夏はじめ岡田清枝
夏めいてきて生活もそれなりの変化が求められる。掲句は茶簞笥の中の配置を夏向きにガラス器を使い易いように手前に移し替えたところを詠んだもの。生活の一こまを詠んでしっかりと季節感を感じさせる。
亡き夫との約ひとつあり梅雨の月小杉和子
春の月ありし所に梅雨の月 素十という句がある。「春の月を見たその場所に、今は梅雨の月がかかっていますね」という内容だ。季節が変わっても再会できた喜びが込められている。掲句も夫と約束を交わしながら見た梅雨の月を巡り巡ってまた見上げる構図になっている。果し得なかった夫との約束を思い出して作者は力強く前進するだろう。
門前の街はこぞりて水を打ち五味渕淳一
商売をやっていると夏の打水は欠かせない。実際に気温を少しだが下げる効果があり、何より打水の光景が人を慰めることだろう。門前の街は誰が言うまでもなく決まった刻限になると一斉に打水を行う。寺への尊崇の念が強いから出来るのである。
夏至の日や次々と来る母の客森安子
夏至の日は普段は気にもしないで過ごしているのではないか。土用丑ともなれば鰻を食べなければと体が動くが、夏至の日を意識することはほとんどない。作者の母のところへ普段は余り訪ねて来ない客が次々と来て不思議に思っていると夏至の日であったからかと納得している。夏至の不思議さがある。
北欧の夏至の祭の儚さよ伊藤一花
北欧は夏と冬で昼の長さが相当に違う。夏至を過ぎると昼の時間が短くなってゆき太陽を恋焦がれることになる。この感覚は日本人には理解できないだろう。クリスマスと同じ重さで夏至の祭を楽しむ北欧の人を見ていて儚さを感じる感性がこの句の眼だ。
ビートルズ黴を拭ひて蘇る菅野哲朗
一読して全てを理解できる作品。黴が良く効いている。ビートルズは60年代に流行った。60年も昔のことだ。この時からファンだった作者がレコード盤の黴を綺麗に拭ったらあの時代が蘇ったのである。
古代蓮咲きいにしへの声を聴く平石敦子
大賀蓮を古代蓮として全国で見ることが出来るようになった。古代蓮を眺めていると古の楽も聞えてくるようであったと見做した1句か。
切り出せずひと息に飲むソーダ水酒井杏子
ソーダ水をまん中に告白出来なかったあの日を思い出して作った作品かと思う。
湖捕れの鰻の美味し源与門竹越登志
鰻の名店は様々あるが、源与門というのが珍しい。湖は三方五湖だと知れば美味い鰻を食べさせてくれるはずだ。
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