今月の秀句 蟇目良雨抄出
「耕人集」2026年3月号                                               

生涯をいろはかるたのやうに生き 大塚紀美雄

 作者は教育者。子供たちに長く接してきたのだろう。そしていろはかるたの楽しさを実感してきたに違いない。いろはかるたの分かり易さは理屈抜きである。「犬も歩けば棒に当たる」「楽あれば苦あり」「旅は道づれ世は情け」どれも人生の生き方の指針と考えてよい言葉ばかりだ。いろはかるたに触れた時に図らずも来し方を思い返す慎ましい作者が居る。

檳榔の島傾けて初日出づ 阿萬旅人

 檳榔樹は南国の植物だが、宮崎の青島などに自生している。南洋から漂着したものだろうか。島を差す初日が海面すれすれから見えた時に島が傾いて見えたことを表現した。島の小ささが分かる効果を齎した。

背伸びすることの怖さに悴める 宍戸すなを

 例えば手術して間もなくの体を背伸びさせたら何処が壊れそうだと悴んだことを詠んだのなら写生句。そうでなく身の程知らずに背伸びする自分を戒める内容なら人事句。自らを振り返り見る作り方はこれから大いに必要である。

産土の藁の香ほのと注連飾 玉城玉常

 注連縄に用いた藁の香がまさに産土のものだという作品なので類想観がありそうなのだが、沖縄の作者の作品となると俄然と意味が深くなる。沖縄の文化が深いところで繋がっていることを示している。

古都奈良に女性総理や冬桜 岡本利惠子

 時事俳句はなかなか作るのが難しい。掲句は日本初の女性総理誕生を一句にしたもの。冬桜は女性総理が誕生した季節を表しているだけでなく逞しさをも表している。

厨の灯消して手もみの皹薬 小川爾美子

 台所仕事をすっかり終えてから皹薬を手に揉みこんだ様子が淡々と表現されている。雪国の主婦の冬の夜はこうして閉じられる。

白鳥の群るる一点枯れはなし 伊丹文男

 白鳥が餌を求めて集まった田の景色だろう。蕭条と枯れた田の中に白鳥が集まっている一点はまだ青々としている。穭に残る秕などが白鳥の餌になっている。

せせらぎの水音咥へて草氷柱 新田順子
 せせらぎのほとりの草に氷柱が垂れている光景でも作品になるが、更に突っ込んで、氷柱が水音を咥えこんでいると看做したところが秀逸。景色が生き生きしている。
 

桐の実のからりと鳴りて夫の墓 佐藤和子

 桐の実が鳴る音を、明るく「からり」と聞くことが出来たのはご主人が亡くなって相当な時間が経ったものと感じた。何時までもくよくよしていないで前を向いて歩こうとする作者の姿が浮かぶ。

茅葺や火天いぶらせ冬籠 日置祥子

 「火天」はインドの神の一人で仏教によって日本に伝えられたらしい。分かり易く言えば「火伏神」の一種。煤けた火伏神を貼ってある茅葺の家で冬籠をする作者。

・・・・その他佳句・・・・・・・・
暮六つの聞こえて仕事納かな 岩﨑のぞみ
重詰の棒鱈買ひに錦まで 山下善久
煤逃の男賑はふ機内かな 山﨑眞知