古典に学ぶ㊿ 『枕草子』のおもしろさを読む(4)
─ 「ころころ並べ、ぽつぽつ書き」諸段考 「星は」段をめぐって ─
実川恵子
「明星」と「夕づつ」は、日本初の分類体の漢和辞書である『倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』に、「万葉集同訓阿加保之」と見え、また、「神楽歌(か ぐらうた)」や「古今六帖」等にも登場するから、当時は割合脚光をあびていたのではないかと思う。『万葉集』巻四に、「白玉の 我が子古日は 明星の 開くる朝は しきたへの 床の辺去らず 立てれども 居れども 共に戯れ 夕星の 夕になれば …」(九〇四)と歌われる如く、当時の人間生活や恋愛の場にこの「明星」と「夕づつ」が密接していて、作者の情感をそそったのではないかと考えられる。
次の「よばひ星」は、「婚星」「夜這星」などの、字をあてる。流星の異名で、平安時代の文学作品にはその例は見えない。それをあえて「よばひぼし」といったのは、もちろん、これが「よばふ」、呼び合う、つまり求婚する、男女の逢い合う場面を想起させるからである。
これに続けて、「尾だになからましかば、まいて」(尾さえなかったら、ましていっそうすばらしいのに)とその尾を引く無粋な様態を描き、この章段をとじる。
『万葉集』に、星を詠んだ歌がある。巻十五の、
年ありて一夜妹に逢ふ彦星も我れにまさりて思ふらめやも
(一年にたった一夜だけ妻に逢う彦星だって、この私にまさって切ない思いをしているとはとても思えない)
や、巻二の、
北山にたなびく雲の青雲の星離れゆき月を離れて
(北山にたなびく雲、その青い雲が、ああ星を離れて行き、月からも離れて行ってしまって…)
この歌は、「青雲」に天武天皇を、「星」にその諸皇子たちを、そして「月」に皇后自身をたとえ、天皇が自分たちを残して亡くなってしまった悲しみを述べたものと見える。これも、当時の天文の知識を踏まえ、天武・持統両帝とも天文暦法に熱心で、それを制度化した天皇として名高い。
このように、星の伝説は、上代において七夕伝説が『万葉集』や『懐風藻』に見えるが、中国からの伝説の域を出ず、「明星(あかほ し) 」は、「あかほし」の「あくる」にかかる枕詞として、『万葉集』などに見えている。また、「夕づつ」や「流星」などの名が見える程度であり、平安時代になっても、それ以上の星の名は見られないが、『枕草子』には「すばる」の名が出ているのである。「すばる」のどのような点が気に入って「星は すばる」と清少納言が描いたのかは不明だが、この名を記録したのは注目に価する。
時代を経て、新詩社の機関誌『明星』が与謝野鉄幹を中心に創刊されたのは、明治33年(1900)4月。詩歌中心の文芸雑誌は、与謝野晶子・山川登美子・窪田空穂・高村光太郎・石川啄木・木下杢太郎・北原白秋・吉井勇らが活躍し、浪漫主義に基づく短歌・新体詩の革新に大いに貢献したが、明治41年11月通巻百号をもって廃刊したあと、明治42年(1909)1月から、森鷗外の命名による『スバル』が大正2年(1913)12月まで全六十冊出たことは、近代文学史上著名なことである。
これは、森鷗外を指導者とし、啄木・杢太郎・勇が執筆するが、『スバル』の命名の由来は、天体の「明星」に負けず、「すばる」のように…という意が込められているのだろうか。
ロマンチックなスターたちの名が並んだこの段は、平安文学作品には見られない、星の名が挙げられ、そこには清少納言の創造、連想の躍動が響いてくる。
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